2000.10.1 The Board of Social Sciences

 

 ウィリアム・モリスとクラフトマンシップ

               

———機械時代のモリス思想と実践———

 

手島咲子

  

概要

  ウィリアム・モリスの資本主義批判として、「クラフトマンシップ」の持つ思想や実践はどのようなものであったのか。手工業時代から機械産業時代へ移るにつれて失われていったものは何か。それは現代においてとり戻すことができるのか。できるとすればどのようなかたちをとるのか。手工と機械の共存について今、またはこれからのありかたをこれまでの機械論的、自然破壊的でなく、人間と自然との共存を目指しての経済を考えるとき、モリスの「クラフトマンシップ」は、どのようなヒントを包摂しているか、について考察する。

 

目次

まえがき―モリスの視点とはなにか?

T. モリスの憧れた中世の状況と「クラフトマンシップ」

U. 中世から近世へ——産業技術の状態の変化

V. ウィリアム・モリスの実践

W. 後世からの批判

X. クラフトマンシップ——衰退の理由

Y. モリスが闘ったもの

Z. クラフトマンシップ——復活の必然性と教育的効果

[. おわりに

あとがき

参考資料

  

  

まえがき

 ウィリアム・モリス―モリスの視点とはなにか?

ウイリアム・モリス18341896)は、ロンドン近郊ウォルサムストウに生まれ、ハマースミスに死すが、この時代を背景として、生まれ育った地域とがモリスの人生と人格全体に影響を与えたことは間違いない。産業革命という歴史的に特別な時代のもとに生きたモリスは、果たしてどのような人物であったのだろうか。

ウィリアム・モリス没後100年を記念して、1997年秋東京でウィリアム・モリス展が開かれた。モリスデザインの布地プリント模様は、カラフルな色彩ではないが、古典的とも云える雰囲気をもっている。モリスの業績に興味をもってみると、初めてその活動範囲の広さ、精力的行動、芸術に関する考え方と実践の特異性を知る。モリスは、中世の手工業に憧れた「手づくり」志向、芸術を日常生活に生かし、生活の改革からさらに進んで社会改革への情熱をたぎらせ、その手段として「アーツ・アンド・クラフト運動」を展開する。その思想の底流に常に存在するものは、「手づくり」志向に現れるような人間の労働の質についての問題意識である。

モリスの生きた時代は、中世からの手工業産業時代がすでに終り、産業革命を過ぎて機械産業を主流とする資本主義社会の始まりと発展が、騒々しく展開されつつあるという社会状況にあった。悠久のはるか過去の時代から、人々は経済学者ヴェブレンの指摘する「職人技本能」を発達させて来た。人間だけに特有な目的志向的な、いわゆる「親性性向」のおもむくところに従い、この本能を発揮しつづけてきた。地球上の各地特有の環境の中で蓄積された技術を利用し、また、新しい科学技術の発展から生まれる技術と併せて、その生存を可能にし、文明を形づくってきた。

人々が進化を遂げながら、このように形づくってきた文明社会の流れのなかで、産業革命以後という時代の転換点に、モリスは生誕し、一生を送る。いつの時代にあっても見られるような、主流と非主流の対立のなかでことがらのもつ複雑さと矛盾がそこにはあらわれる。モリスの場合、時代への疑問はまさに、「資本主義批判」の形をとる。経済社会の荒々しい転換期にどのように立ち向かったのであろうか。この稿では、モリスの資本主義批判の思想と自ら体現していく工芸的実践をたどりながら、モリスの態度が、現代という資本主義成熟の時代にどのような意味をもちつづけているかについて検討する。

このなかで、特につぎの二つの視点が重要である。ひとつは、なぜモリスは「手仕事」が重要であると考えるに至ったのか?という点である。もうひとつは、モリスが中世という時代ではなく、この機械時代という時代に改めて「手仕事」を復活させようとしたのはなぜか?ということである。つまりは、「クラフトマンシップ」ということを現代に復活させたのはなぜか?という視点から、モリス像を考えてみたい。


 T.モリスが憧れた中世と「クラフトマンシップ」

 

  モリスにとって、「クラフトマンシップ」にはどのような意義があったのであろうか?モリスは、中世の手工業に仮託して、機械が主流になっていく社会のなかでは変質せざるを得なくなっていくであろう人間中心の労働の意味を問い続けた。そして、中世の手工業、中世の自然、中世の芸術に興味をもち、この現実のなかから未来を問うている。その意味で中世の「クラフトマンシップ」というものが、モリスにとって重要な意味を持っていた。

モリスは、中世のギルド制のなかでの職人のモノ作りのあり方に興味を持った。モリスにとって、「クラフトマンシップ」とは次のような特徴を持った職人の手仕事であった。それは、次のごとくであった。
    1
.生産工程における分業ではなく、ひとつのものをその完成まで自身で作って
いく性格を持っていた。

2.その生産者と消費者(作り手と使い手)との直接的な関係が維持されることで、それぞれに満足のある喜びがあると考える。

3. 手工業には地方的特色がある。これらのことが中世ギルドの作品に美と自然と釣合をもたらしていた、と評価した。

これらの特徴が、モリスの「クラフトマンシップ」の原型を形成している。そして、モリスは機械時代の手工業者に対しても、「手工業者は、有用品を作る普通の労働者であり、排他的芸術家でなく、機械の奴隷でもない。自己の幻想を仕事に打ち込んでそこに歓喜を覚えるのである。」と手工業者を理解し、このことがアーツ・アンド・クラフト運動の理念にもなっている。このように、モリスの手工業への評価や手工業者への理解が、モリスの有用品の芸術を目ざす実践へつながっている。

  人間以外の動物もモノを作る。けれども、例えば蜜蜂が精巧な巣を作ることと異なり、人間がモノを作るということは、そこに目的となる構想というものがあり、それを形にしていくということである。そして、そこには人間の生存のための労働が基本として存在しなければならず、そこでの労働は、構想と一体である。最も、この点について具体的、かつ大きいまとまりをもって経済体制にまで成長した時期が手工業時代であり、中世と云われる時期である。そしてそこでは、モノを作る人間が中心的存在であったといえよう。

  モリスは、中世の手工業に人間のモノ作りの理想を見ていた。このような「中世の手工業の概念」の例として、経済史家ゾンバルト[1]はその著『近世資本主義』のなかで、以下のように記述している。

「手工業者は、その工業的適性という才能につけ加えて次のような能力をもっている。

1.必要な芸術的直感、芸術的感覚

2.生産や技術の伝授に必要な知識と学力

3.生産の組織者、指導者としての機能、総支配人、親方、助手を一身に兼ねる。

4.商人でもある。

1848年、シュレジェン手工業組合総会議案のブレスラウ手工業者階級再組織中央連盟覚書p3より)

  また、狭義の手工業は生涯の職業として刻印された、個人の行う一定の活動の表現、いわば、一本一本の手の力が支配し、創造しうる限りに最後まで及ぶ運動の全体的な表現である。そして、仕事そのものが、つまり、手工業的成果がその製作者の人格の忠実な表現となる。手工業者による商品は、工程のあらゆる因襲性にかかわらず常に個人的仕事であり、その製作者の悲しみと喜びの物語を含んでいる。子供に対する立腹も、妻との喧嘩も、家庭生活のさまざまな出来事は、手工業者の仕事に痕を残す。彼の仕事は、彼の腕前の及ぶ限りに限定されている。そしてそれは、親方によっても日によっても異なったものである。」

  上記のように、ゾンバルトの手工業職人像の概念は、その後の機械生産に不可欠となった、数字で計る標準化や画一性とは、対立的なものである。ゾンバルトが述べている中世の手工業職人像そのままに、モリスは、工業的適性(手先の器用さ、労働に耐える体力、根気、デザインのセンスなど)に恵まれていたことを基礎に、各種の職人技を獲得していた。

  中世における産業技術は、手工業の段階であり、その動力源は水車や風車であり、それは人々の労働の軽減に役立つ自然のエネルギーを利用した機械であった。このことは一編の詩にも表現されている。ギリシャのテッサロニカのアンテイパテルという人物(前一世紀)の詩のなかで「粉挽く少女よ、いまは挽臼の手をやめよ、長い間よく眠れよ、鶏が夜明けを告げるとも…」この詩は、水車の発明によって、モリスのいう人々の有用でない労働が軽くなったことを証拠づけている。また、水車は蒸気機関が発明されるまでの数世紀にわたり人間生活のさまざまな場面に利用され、人々の労働を助けてきた。小川の水を利用するのであるから地方分散的であり、1100年頃までには、トレント[2]とセバン河[3]以南の約3000の集落には約6000のミルがあったとされる。また、風車は12世紀末にはヨーロッパでは広くいきわたり、イギリスでも1143年にははじめて登場したとされる。水車も風車もエネルギーの源泉は自由に得ることができるのであり、低コストの利用が可能であった。蒸気機関にはじまる喧騒の時代を迎えるまで、空気の汚れもなく自然は豊かなままに存在し、そのなかで人々は職人的、かつ、ささやかな個人作業に従事し、小さな仕事場で正直に、野心も虚栄心もなく、秩序ある生活を楽しみ、人々の利用に役立つ物の生産という有用な役割に誇りをもっていたのである。

  中世の芸術のなかで、とくに建築の分野でのゴシック様式について、職人たちの手仕事に特徴があるといわれている。モリスが最も影響をうけたとされるJ・ラスキン[4]はその著『ヴェニスの石』のなかで、次のように述べている。「中世のゴシックの特性または、道徳的諸要素を粗野、変化、自然主義、グロテスク、剛直、過多、の六種であり、建築家にかかわる性質としては、粗野、変化愛、自然愛、想像力の揺らぎ、構想力のゆらぎ、執拗さ、雅量などである。これらの要素の結晶たるゴシック建築には、下層階級の人々の生む労働の結果を包摂し、不完全さに満ち、しかもいたるところに、その不完全さをあらわにした断片から荘厳にして非の打ちどころのない全体を大らかに建立する創造物としてのつよさ、不思議さがある。それは、おのおのの能力に応じてそれを全体的に表現しようとする全力投球の信仰に打ち抜かれた仰高性、不完全にみえて美と生命の自由にはばたくあらあらしくも新鮮な均整を本質とする。そこには機械の画一性はなく労働の喜びがある。」

  手仕事には、このように不完全で粗野な面があっても、なおかつ余りあるような職人としての直接的な完結性が含まれている。モリスもまた同様にして、中世のゴシックの精神を評価して、それは心と手の意匠家(designer)と工人(craftsman)との区別を存在させないところの協力的調和の精神であると、その著“Gothic Architecture”で述べている。

 

 U.中世から近世へ ―産業技術状態の変化―

 

ギルド制度は、中世の手工業を秩序づけていたものである。中世は、未だ荘園主や王侯貴族が支配階級を形成し、封建的であったため、社会のなかで人間開放が進んでいたわけではない。手工業を支える職人の技術は尊重されていたが、封建的秩序のなかでは手仕事に没頭する喜びだけがあったわけではなく、人間的創造的労働に携わっていた人々も、手工業産業の安定のために、したがって、職人や製品の数が制限されていたために、制度化された親方職人への狭き門に挑戦しなければならなかった。このような因襲的な職人の世界では、創造性はむしろ邪魔になることもあった。遍歴職人といわれる人々は、仕事を求めて出前職人のように各地を転々としながら一生を遍歴で終るという悲哀に満ちた人生を送るものもあった。しかし、この時代の職人の特徴は、ギルド制のもとにあってもそれぞれの仕事については個人的で完結性のある状況にあったのである。

技術の累積や進歩は、職人個人では背負うことのできない状況となると、資金を貯えた親方職人が、設備を持つ工場に下働き職人を雇い入れ管理するようになる。職人の完結性は少しずつ薄れていき、ギルド制も有用の存在ではなくなっていった。

すでに、当時の産業構造は人々の生活に必要な日常有用品を作る職人にはじまり、医者、詩人、楽器演奏者…など数々の生計をたてるための職種に専門化していた。このように専門化された職種のなかで、モノを作るために働く職人は、その素材の調達から製品の完成までかかわり、職人各人のモノ作りの能力の高さを誇りとし、だれよりも精巧なもの、丈夫なもの、美しいものを追求するというその姿勢は、製品の使用価値がどうであるかということに集中しており、金銭的な商品価値の追求を第一の目的としていたわけではなかった。

職業専門化によって、多くの職種がなおいっそう細かく分化され、人間的創造性は失われ、職人の労働の質が変化していった。手仕事に集中し腕を誇れる職人の喜びは奪われていくことになる。この種の分業の多くは、機械の発達によって可能になったものである。J・ラスキンは、その著『ヴェニスの石』のなかで、分業と人間の労働について次のように述べている。

「近頃われわれは、かの分業(労働分割)という偉大な文化的発明について大いに研究し、完成するところがあった。真実に云えば分割されたのは労働ではなく人間だった。——人間がたんなる人間の破片に分割されたのだ。——生命の小破片と屑片とに粉砕されたのだ。だから、人間のうちに残された知性の小片のすべてをもってしても、一本のピン、一本の釘の頭をつくることで消耗してしまう。さて、まことに、1日にたくさんのピンを製造することは、結構で望ましい。がもし、ピンの尖端がどんな金剛砂で磨かれるかを知るなら——それは人間の霊魂の砂なのだが、それを見極めるにはよほど拡大してみないとわからない——そこには若干の損失もまたありうることを思うべきである。すべての工業都市からその溶炉の暴風よりも喧しい叫びが起こっているのは、まさに、われわれが人間を除けばなんでも製造するというためである。われわれは綿花を漂白する。鋼鉄を鋳造する。砂糖を精製する。陶器を造型する。が、一個の生きた魂を輝かせ、強くし、精錬し、形づくることは、われわれの損得計算にけっして入ることはない。かの叫びが訴える過悪に対する途は、どんな種類の労働が人間にとってよく、人間を高め、幸福にするかについてあらゆる階級の人々に正しく理解させることにある。労働者の堕落によってしか得られないような便益、美、安価を断固と投げうち、健全で人を高める労働の生産物と成果とを、同じく断固と求めることにある。」

ここでは、人間にとって良い労働のあり方は、第一章で述べた職人の手仕事の完結性のなかにあると考えられている。したがって、機械の出現によって生ずる労働の分割は、人間の分割にまで及ぶとして、分業が批判されている。中世職人の特徴である「労働の完結性」に照らせば、機械時代の分業は明らかに人間の分割性を進めるものであることは間違いない。けれども、分業において断罪されるべきは、あくまで「人間の分割」という事態であって、職業上の分割あるいは生産工程それ自体ではない。この分業という事態が人間に対して、とりわけ労働を通じて、いかに影響を与えるかについては、詳細な注意が必要である。

哲学者ハンナ・アーレント[5]も『人間の条件』のなかで、次のように述べている。「私が分業という用語を用いるのは、一つの活動力が無数の細かい操作に分けられ、原子化しているような近代的な労働条件に関してであって、職業的専門化にみられる分業に関してではない。」ここで述べられていることは、産業の状態が職業的専門化を経過し、すでに、ひとつの職種の生産工程において近代的と云われる生産効率という目的のために、労働が機械に適応させられることとなっており、このことが機械時代のぬきさしならない労働条件にまでなってしまっていることである。このことは確かに問題のひとつであるが、すべての「労働の分割」が「人間の分割」という結果をもたらすわけではない。労働がたとえ分割されても、そこには職業上の頭脳使用と手先の技術との協力作業が大いに必要とされ重要であることに変わりはない。そして、そこに労働の喜びが見出せるならば、人間の完結性も少なからずもたらされるのである。

もちろんこの分業という事態では、ことに産業革命以後の機械産業の発展のなかで、ますます細分化がすすみ、機械産業の効率化と密接に関係しあうことになる。機械産業、分業、画一性、標準化、人間性疎外というようなことばの関連性は、中世手工業、人間的創造性、個人的、芸術性、労働する喜びということばのもつ関連性とは、相反して時代を二分する。前者はまた企業家、労働者、金銭的利益、製品の粗悪さ、人間性の低落、生活の質の低下などのことばに象徴される。このような人間の分割と言えるような事態は、後者の表現している、小さな仕事場、金銭外のこと、自然の豊かさ、芸術、などのことばと対立的であり、モリスは、前者に疑問をもち、後者を手仕事の実践のなかに求めようとした。

ヨーロッパでは政治改革が原因で手工業体制は崩壊するが、イギリスでは技術革新で説明できる産業革命(17001850年位)という本格的にめざましい機械産業の発展と科学技術の進歩によって手工業は衰退し、資本主義を支えることになる機械産業が主流の経済社会を迎える。

そもそも、人間にとって手工業とはなにか、機械とはなにか、という問題についてヴェブレン[6]は、その著『職人技本能論』のなかで指摘して、人の手によって作られた道具を使い、手による制作に機械が併用されはじめ、生産に従事する労働のあり方が変化していく過程が生ずることについて、次のように述べている。「あらゆる時代のあらゆる分野で働く人々の性癖をinstinct of workmanshipと呼びこの性癖が手工業の時代を画し、時代が進むなかで科学技術の進歩を促し、機械文明という画期的時代の到来をもたらすこととなった」と。

けれどもまた、人類にとって、職人的技能というものには普遍的な共通の基盤があり、たとえ現代のような機械時代にあっても廃ることのない性質があるといえる。『民族学研究』(1998)掲載の「土器製作者の誕生」と題される論文のなかで、大西秀之は次のように述べている。「ここで職人的作業としたものは、個人が経験的に身につけた知識と技能が要求される作業を含意するものである。こうした観点からすると何も伝統的な工芸品の製作者のみでなく、科学の先端に従事するエンジニアや医師なども“職人”となる。なぜなら、どれほど最先端の科学技術を駆使していようとも、結局のところ医師やエンジニアもまた、経験的に身につけた知識と技術が要求される職業だからである。」と。更に、J・ハーヴェイ[7]はその著『中世の職人』のなかで、「職人の技能は、社会の基礎である。もっとも原始的な道具の製作から最新のコンピュータの組立に至るまで、人間の活動は、技術つまり頭脳と手先との協力作業に依存している。この過程は、いろいろの形をとるけれどその性質は同じである。技術の所産は、それぞれつまり何かをするための既存の方法を修得する能力という同一の能力の表現なのである。テクノロジーについての議論も手工業的な技術についてと同じである。本質的にそこにある相異は、程度の差でしかない。技術革新は職人的意思の結果であり、自然の成りゆきの進化ではない。」ここでも科学技術や機械がどこまで進歩しようと人間と独立にあるわけではなく、常に人間の意思の結果であると結論づけることができる。清水幾太郎も、その著「現代思想」のなかで「機械は人間が作り出すものであって、神が創造したものではなく、自然の進化の結果でもない。故に機械には人間の力量と責任がある。」と述べている。この稿でも、モリスの「手工志向」の意味とならんで、機械産業時代の人間が自然に対してどのように責任をとっていくのか考えていくことが必然であると思われる。

 

 V. ウィリアム・モリスの実践

 

 現代からみて、石炭と鉄による産業の革命は、第一次産業革命と云われ、モノ作りの革命である。革命以前では、モノを作る職業の専門化があり、前章で述べた通り、その職業に携わる職人は、手工業的特性をもっていた。革命後の機械産業時代にモノ作りの変化が起こったことを見て、モリスはそこに人間性否定を思わせる情況を指摘し、そのような時代にあってこそ、モリスが「改革」という考えをもつようになる理由があるといえる。モリスの認識に従えば、普通の労働者は、すでに資本主義の荒波に呑みこまれ、何のために働くかと云えば、金銭を得てそれで消費することで生活を維持するためであり、資本家の提供するさまざまな条件に甘んじ、または資本主義の結果としての弱者にまわった人々は、社会改革の余裕はなく、力を増す資本家のもとで中世の職人がもっていたような「働く喜び」は失われ、良質とは云えない労働と生活を強いられていたと考えられる。

 モリスは、すでに成功した父親のもとに生まれ、その財により恵まれた幼年期から青年期を送る。社会改革という思想の醸成や実践はそのような環境にあって可能であった。モリスの行動が、労働者層に対する富裕層に属していながらも、人間の行動として説得的であったのは、その実践の姿勢にあった。かれの実践は手工業的特性をもつ中世の職人の再現であり、モリスは体験的手工技術の蓄積を背景にアーツ・アンド・クラフト運動の提唱者となる。

 モリスの工芸的実践は、芸術的な日用品の制作を目指し、広範囲[8]に及ぶ。その活動源泉となる認識は次のようなものであった。すでに述べたように、モリスの理想が中世のクラフトマンシップにみられることは、彼の行動のなかに、誠実で個性的な職人の態度、人間の尊厳や幸福への権利の存在、自分自身で作ったものを最高とする姿勢、デザイナーと職人との同質性、職人の厳しい熟練度、などが見られることからもわかる。これらに反して、貧者からの搾取とそこにある卑しさ、中産階級の息苦しい程の無趣味さ、平凡な近代文明、機械による大量生産品などは、産業革命の産物であるとモリスは考えとうてい耐えられないものであるとした。モリスは、数十種に及ぶ職人の技術を修得し、消えてしまった作業手法を再現する試みを成功させる。

 アーツ・アンド・クラフト運動と呼ばれ、モリスがその創造的提唱者とされるこの運動は、モリスとその仲間達が、人が生活するための家[9]を作ることと、その内装や調度品の市販品への不満から、手づくりで満足できるものを作り完成させたことを発端としている。モリスは、その論文「芸術における希望と不安」のなかで、「建築術は、われわれを導いて全ての芸術に至る」と述べている。また、マッケール[10]は、「モリスにとって美しき家は、生命そのものの目に見ゆる形態を表現している。工匠あるいは、製造家、染色、機械、ガラスの職工、鋳型意匠家、あるいは装飾師としてのみならず、人生の全射程にわたって、かれは徹頭徹尾建築士であり、親方工匠であった」と。モリスの手づくりへの興味と必然性について、その著書に記している。

 また、アシュビー[11]は、その著『偉大な都市の建つところ』で、アーツ・アンド・クラフト運動に関して、次のように述べている。「機械の力の到来と、機械による人手の解放[12]とで、人間の生活の状況は変えられた。家庭とその中での女性の役割、男性の労働、彼の社会との関係、彼の善と悪の概念、この千年どこの国の歴史も家内工業から工場生産の変化ほど重要な事実をもっていない。人間の労働を規則正しくしたり、生活の中での品質や人間の手による製品の基準を設けたりするギルドの制度をもつ小さな仕事場の消失はどんな宗教的、あるいは王朝の変遷よりももっと広範囲に及んでいる。この運動が意味しているものを再び手に入れることができるのは、その小さな仕事場のなかだけである。」また、ゾンバルトは「近世資本主義」において、手工業者が、かれの活動をなす活動範囲の大きさは、その表現を彼の経営の大きさに見出す。これが通則として個人経営の限界を越えないということは、手工業の本質に相応するものであると説明している。これらの説明は、産業革命以後の機械産業が主流となってしまった時代において、中世手工業で観察される職人特性の理解と対応している。モリスにとって失われたものを希求し、再び獲得しようとする手段は、実践であり、世に問うための運動であった。果たして、このような運動にどのような意義があったのであろうか。この運動についてのいくつかの批判を、次の章で考えていくことにする。  

 

 

 W.後世からの批判

 

 ウィリアム・モリスの時代は、すでに機械産業が急速に進んでいた時代である。労働の在り様についていえば、すでに述べたように、手工業での労働と機械産業での労働は、人間の「製作者本能」の発揮ということでは同一線上にありながら、実際には相反している。モリスは手工の実践を自ら行うことにより、労働の質を問い、生活に質を求め、芸術の日用の美を提唱した。人々の最大多数の最大幸福を目指し、人々の自由な活動を公認していく当時の資本主義体制にあって、機械と科学技術の発達によって人類は物質的に恩恵をうけた。それは大きな流れとして否定できない。けれども、そこに問題がないわけではない。

 (1)清水幾太郎[13]は、アーツ・アンド・クラフト運動にまつわる思想について、次のように論評している。「少数の人間が直接的かつ全体的に接触しながら、同時に人間が自然と直接的かつ有機的に結合しているという往時の生活は…近代化、都市化、機械化の進行する過程において…思想家たちの手でグロテスクな思想化を施されるに至った。民主主義者や社会主義者が理想的な社会を考える場合、そこには機械が含まれることは稀である。知らぬ間に彼らは機械や大都市を抜きにして、人間と人間との、人間と自然との直接的で有機的な結合の姿を理想化された農村共同体のイメージを思い浮べる。…マルクス主義にとっても社会主義の理想は、人間と人間との、人間と自然とのとの直接性から解き放たれてはいない。それへの復帰というアナクロニズムが、社会、経済、政治、文化などの諸問題にいつも粘液のように絡みついている。人間を擁護すると称して20世紀の文明と産業とに背を向け、このアナクロニズムを大切にすることがいつか、思想家と称せられる人々の唯一の仕事になってしまった。」更に続けて、「むしろ滑稽なのは、機械化、官僚化、合理化の傾向を避け、それから逸れた地点に、個人の憩う静かな場所を求める試みである。機械化、官僚化、合理化は、その現実が如何なる混乱を示していようとも、あくまでもそれはひとつの進歩である。(清水幾多郎著作集)」しかし、一方で清水幾多郎は、「機械には人間の力量と責任がある。」と述べている。人間の力量の結果である機械と、その機械に人間の責任があるということの源泉は何か。「それは何よりも人間の育成にあたってまず生きることそれ自体の直接的なじかの経験がなければならない。自ら見て感じ、手を使って仕事をし、‥‥、心の交流がなければならない」とルイス・マンフォード[14]は、源泉の在りかを述べている。ここでの源泉の在りかとは人間の育成の基礎になるものであると思われる。

 (2)アーツ・アンド・クラフト運動に関してのJA・ホブスン[15]の視点は、その著『ヴェブレン』で説明されている。ホブスンは、ヴェブレンの『有閑階級の理論』で紹介されているモリスの芸術的製本運動にふれて次のように述べる。「なおいっそう重要なのは、熟達した製作者気質の精神とふぞろいなふちの魅力に訴える“アーツ・アンド・クラフト運動”である。この運動は製作者の質に対する関心ならびに感覚といった要因をもちながら、それとともにこのような仕事のより高価な製品を、たやすく購入することのできる富裕な消費者の洗練された趣味に訴えるものであるという事実は十分認められる。しかし、古いものへの回帰といった感傷主義と高価な誇示との混合物は、このような制作活動を特徴づけるある種の手工業技術と関心とによって、失ったものを償われることは稀である。この回帰のための運動全体は、機械以前の工業のもとでは、普通の労働者でも、すべて製作者本能に基づいて仕事をしていたという間違った概念にもとづいている。この運動の工場ではごく少数の労働者はたしかに精巧な模造品の断片を作ったり、すぐれた質に関しての感覚を働かせたりしているが、実際行われている仕事の大部分は、現在の工場労働者であったならばとうてい耐えられない程の辛い労働でなされていた。また、運動全体は消費者としての富裕な有閑階級の庇護をたよりにしてのみかろうじて存続することができるのであるから、それは文化的な外被として役立つ少々審美的なうわべの飾りをともなった「衒示的浪費」といったヴェブレンの表現の中に位置づけられる。」

このように、ホブソンはヴェブレンのなかにクラフト運動の持つ近代の二面性を認めつつ、最終的にはクラフト運動の持つ特権的な位置について批判的な意見を表すことになる。

3)ルイス・マンフォードは、その著『技術と文明』において、機械と人間の関係を融合と分離という視点から究明しようとしている。機械文明を論じながらも、常に機械へのペシミズムを抱きつづけている。そして、アーツ・アンド・クラフト運動への見解を次のように示している。「機械の性能を支持する功利主義者に対しての装飾を施すことを重んじる審美主義者は、自らの地位を工人とみなし、職工、飾箱師、捺染師などの純粋な手工業的技術を復活しはじめた。19世紀においてイギリスの ウィリアム・モリスの工房のような手工業品を作る工場など出現し、過去の技術が生き残れることを証拠だてた。しかし、始めの手工業運動の弱点は、工業における唯一の変化が魂のない機械の進入であるとみなした点である。労働者を安ピカものの機械生産の奴隷状態から救い出そうとした近代の手工芸は、かえって裕福な階級に新しい品物を享楽させただけにすぎなかった。けれども、この手工芸の芸術運動の教育的目的にはすばらしいものがあって、それがアマチュアに勇気と理解を与えた点で大成功と云える。美しいと思わぬもの、有用と考えられないものは、どんなものでも所有してはならない。とは ウィリアム・モリスの金言であったが、これは、かれが呼びかけた浅薄で見てくれだけのブルジョワ世界においては、まことに革命的な金言であった。」更に続けて、「一般的に手工芸運動では、機械を創造的目的、手段として用いる勇気を欠いていたし、新しい目的を新しい標準に合わせることができず、機械反対という偏見を社会的背景を得るための理論として中世の観念にかえらざるを得なかった。」と。

 アーツ・アンド・クラフト運動に関しての観察がなされるとき、それは「科学技術や機械と人間」が論じられるときである。そのとき、「手工業と人間」はどうであったかが問題とされる。モリスはクラフトマンシップの意味について「一般民衆へ芸術を」とも云っている。しかし、一般人が最も必要とした経済性を与える一方では芸術性はあまりに高価なものであった。このように、なぜ機械時代において、あえて「手仕事」を慫慂しなければならないのか、モリスに対する各論者の疑問はこのことに集中している。

 

 X.クラフトマンシップ ——衰退の理由——

 

 たしかに、機械時代では、手仕事が衰退する理由が存在していた。「手づくり製品そのもの」に関してと「手づくりのための労働」という二つの面から考察することができる。 

まず、手づくり製品についてみるならば、モリスの美術本にみられるように、機械製品にない見苦しくない程度のふちのふぞろいなものであって、印刷文字や、装幀が芸術的美しさをもっていることで、その質は特徴のあるものになっているが、量産と比較すれば圧倒的に高価である。この手づくり品の芸術的傾向と高価さは、富裕者層の趣味の対象となり、ヴェブレンの表現による「衒示的浪費」がこれらの消費者の態度であり、例えばモリスはクラフトマンシップにしたがって誠実な仕事をいたとしても使う人は限られた人々となることが、手づくり製品の弱点ともなっており、一般性を欠くことは機械時代が進むにつれて一層顕著となっていく。

一方、手づくり製品のための労働の内容についてみるならば、ホブスンは、その労働は機械時代のそれと比べて苛酷であったのであって、下積み職人は、モリスの云う「労働における喜び」はなかったと主張している。モリスは、手づくりの労働こそが、効率を求めるところにはない無類の喜びがあると主張し、このことは先に述べたラスキンのゴシック芸術にみる職人達への観察と共通するといえる。この時モリスが思想的影響をうけたラスキンによるゴシック芸術観は、次のようである。「1213世紀の社会において熱意と信仰とによって建立されたゴシック建築の各部から真実の人間精神の暗示、その自由と剛直さ、その戯れと恐怖、誠実と熱情と、などのような、今日においても尚存続する神秘を発見した。そこには親方ばかりでなく下働きの職人の魂が打ち込まれ、労働者の態度は謙虚ではあるが立派に創造の歓喜を実感していたという証明を得ることができた。」ここでは、労働そのものについて両面の視点がある。一面では、人間の創造的で完結的労働という質の面を重視するモリス的見解と、機械の利用により労働がより軽減されることへの価値を尊重するホブスンの見解である。結局、人々は機械の効率性を選択することとなった。手づくり製品は、芸術性と一般的経済性の両方を充たすことはできなかった。資本主義が発展し、科学技術の人類への貢献が著しく認められるようになって、そのことにより人類が物質的に豊かに生きることを目的にするようになって以来、クラフトマンシップ即ち、中世以来の手工の精神と現実は時代の傍流となり、産業形態は、今日では、機械による大量生産の全盛期を迎え、人々は画一的製品と画一的生活様式とを受け入れている。この点では、明らかにクラフトマンシップは衰退する運命を持っていたといえる。

 

 Y.モリスが闘ったもの

 

産業革命以後の資本主義発展の思想は、自然と人間が対立的線上に位置し、人間は、自然を平面的拡がりの状態と解釈して、人類生存のため自然から資源を調達し、それは限りなく可能であるという機械論的宇宙観を基盤としてきた。そして、現代に至っている。資本主義の成功は、生産工程の分業化にあるといわれる。分業体制は、工程の部分部分を構成する機械とその機械の操作に熟達した人間との組み合わせによって、さらにそれらが効率よく動いていくための組織とによって、生産性を上げていく。

ハンナ・アーレントはその著『人間の条件』のなかで次のように述べている。「産業革命と労働の開放によって、ほとんどすべての手道具は、機械にとって代った。そして機械は、さまざまな点で人間の労働力を自然の巨大な力にかえる。このとき以来、ずっと労働する動物は文字通り機械の世界に生きている。労働する動物が機械の世界で生きるようになった理由は、彼らが世界を建設するために道具や器具を用いているからではなく、まさに自分自身の生命過程の労働を安楽にするために道具や器具を用いているからにほかならない。」「そして道具は、仕事過程が続くかぎり手の召使いであるが機械は、最も原始的なものでさえ、人間の肉体のリズムにとって代わり、人間を機械に適応させようとする」「機械の目的は人間の動きを模倣し、その労働を助けることであったのだが、今ではその効率の驚くべき増大が目的となってしまい、この条件下に人間は適応的に生きることになった。」また、「労働の至福と喜びはわたしたちが全ての生物と共有する生きとし生けるものの純粋な幸福を経験する人間的様式である。そしてそれは、人間も他の生物と同じように自然界の定められた循環のなかに留まり、甘んじてその循環を経験できる唯一の様式であり、ちょうど昼と夜、生と死が交替するように、人間もそれと同じ幸福で目的のない規則性をもって働き、休み、労働し、消費することのできる唯一の様式である。」このように、アーレントによれば、人間は自然界の循環のなかで有機的生存様式を経験できる唯一の動物であり、その経験のなかでの労働に至福があるとする。モリスによる中世クラフトマンシップ再現のために、実践の活力となる根本的思想労働の喜びは、まさに上記のような人間の労働論と共通のものであると思われる。更に続けるならば、モリスは、「機械の奴隷となっての労働は、無用の仕事であって、人間が機械の主人公でなければならないのであって、人間の自由な生命の発露である職人的手工の労働を有用の仕事である。」としており、モリスの云う労働の喜びとは、労働の意味について、労働の自由を発見していくことであり、作られた製品にも芸術性が生まれ、日常生活を芸術的に改革していこうとするところにあると思われる。あるいは、モリスは「価値のある仕事は、休息する楽しみ、仕事によって作り出されるものを用いる楽しみ、日常のなかで創造的技術を用いる楽しみなどへの期待を兼ね備えている。このような楽しみが期待できないような仕事は、みな価値のない奴隷仕事、生きるための単なる苦役で、それでは人々はただあくせく働くために生きているようなものである。」とも述べている。

以上のような論拠によれば、機械産業のなかでは、労働は細分化され人間そのものまで切り刻まれて、人間だけにある労働する人間の価値は、生存のための限りない活動によって皮肉にも、影を薄くし、豊かに食を得るための効率だけが目的となってしまっていることになる。このことへの疑問を当時の現状を背景にして、モリスは自らの行動によって問題提起し、理想に向かう闘いの人生を送ることを選択することになった。

 ラスキンの云う「偉大な文化的発明」である分業によって、または機械そのものの性能の進歩によって生産性は向上し、限りなく大量のモノが生産されるようになる。「作って売る」ことによる利益が目的となる。企業者、商人が前面に出てくることになる。「大量生産業者は、他人から盗んだ労働によって、生産ではなく利潤をうみだすことを第一目標にしているが、それは労働者の生計を犠牲にし、さらに機械類を疲弊させて生み出された富である。その富が本物であろうと偽物であろうとおかまいなしである。それが売れて利益をあげさえすればよいのだ。適度に使用するための必要額以上に金をもった連中がいてまがいものの品を買うので、金持の側にも浪費があり、作るに値するような製品を買うことのできない貧乏人の側にも浪費がある。したがって、資本主義が提供する需要は、偽りの需要なのである。市場は、「資本と賃金」システムの略奪が生みだす不愉快な不平等によって不正に操作されているのである。」[16] とモリスは述べる。

必要とされる以上のものを生産する結果のなかには、生産されるモノと消費者の求めるモノとの量と質とのミスマッチによる浪費がある。服作りを例にとれば、製品の価格や消費者の好みにもミスマッチがある。この業界は独占や寡占の市場ではないからヴェブレンのいう「サボタージュ」という策はとることができないと同時にこの市場への大小の数多くの業者の参入により業者間の競争は激しい。生産者は売り切ることを目的としているから価格を下げてくる。消費者は安ければ買ってしまう。現状を見るとそれぞれの家庭には買ってはみたものの利用されない衣類の山というストックがあふれてくる。そのうちに捨てられ焼却されるのである。企業は完売することで、さしあたり利益を得る。資源の浪費は甚だしいことになる。更に引き続き売れるためには、早く傷むものでさえもファッション性の根拠であるかのような生産者の態度があり、消費者も機械生産の効率を選んだ結果、販売者側の都合に巻き込まれているのが現状であって、モノの質を見極め本当に利用したいと思うものを選択し、手入れしながら永く使用する風潮は、未だ一部の人のものである。一般的には資源浪費への配慮は少なく、あたかもこのような生活態度をとれることが文化生活であるとするような風潮は、わずかこの五十年間に絶頂期を迎えまだ衰えてはいない。モリスは、100年前に資本主義の喧騒の中で、モノの質、生活の質に価値を見いだす思想で、大量生産が生み出す状況に疑問をもちつづけた。 当時のイギリスにおける経済思想は、「国富」を目ざしての理論が中心であった。国が富めば個人も幸福になるということであったけれども、自由な活動の結果は、勝者もあれば敗者もあった。また、政治的、経済的、文化的支配層と、工場では生産性向上のため、個人としては、賃金を得るため、働きつづける貧困層という階級も新しく生まれた。企業家は利益を追求し労働者は金銭が働くことの目的となり、金銭を得るための貪欲さが渦巻く世相が出現し、人々の精神は低落していった。そして100年が過ぎていくなかで、人々は金銭至上の価値観に巻き込まれ誠実に熟練を要するモノ作りの根気を失い、自分の手と頭を使う楽しさを味わう体験の機会さえない産業システムのなかで、ヴェブレンが指摘しているように株式や債券という虚業がもてはやされるようになっていく。小さな仕事場での労働が喜びであるならば、その労働に値する分だけの金銭でよく、あるいは小さな仕事場の生産性は本来そのようなものであろうというのが、モリスのいう「金銭外のこと」の意味であろうと思われる。ゾンバルトも「近世資本主義」のなかで手工業的経済について次のように述べている。「工業的生産のそれにせよ、商業又は運輸のそれにせよ、手工業的組織の特質を念頭に置くならば中世の如き時代において、又それにつづく数世紀の如き時代においても、この経済体制の経済主体によってなんらかの見るべき大きさにおいて財産が形成され得たというようなことは、まったく問題にならないものと考えねばならないであろう。経営規模の小さいことが、又商品取引にあってはとくに運送費の高いこと、及びその他の入費がこれを立証するようにみえる。」さらに次の言葉を引用している。「正直に自分のものをつくる、だからいつまでも貧乏人だ。」(イスラエル・フォン・メッケネム の一銅板画における一道具商のことば…15世紀…)

モリスには、「ユートピアだより」[17]という散文がある。この作品の思想を貫いていると思われる表現が1883年「財閥政治の芸術」と題する講演で次のようになされている。「ロンドンとわれわれの大商業都市が、豪華で卑俗な恐ろしい膏薬‥‥によって点綴された、下品と汚穢と見苦しさの堆積以外のなにものでもないだけでなく、イギリスの全地方とそれをおおう大空が、いうに云えぬ煤塵の外皮のしたに消失しただけでなく、この病気‥‥は全国いたるところに普及し、あらゆる小都会は、できる限りロンドンとマンチェスターの地獄の尊厳をまねるのに汲々としている。大都会がわれわれの屈辱であり、小都会が嘲笑に値するばかりでなく、人間の住み家がなんとも云えず下品で醜くなりゆくばかりでなく、牛舎も車置き場も、いな、畑の些々たる耕作物にいたるまで、おなじ一色に塗りつぶされている。樹木が伐採されるか吹きちぎられと、そのあとに植林されるとしても、悪い木が植えられる。要するにわれわれの文明は、日に日に重症になり、ますます有毒になっていく白症のように、この国の全土にわたって蔓延しつつあるから、あらゆる変化は、大地の外観をより悪くする変化にきまっている。だから、こういうことになる。大芸術家の精神が狭くされ、その同情が孤立化によって凍結されるばかりでなく、協働的芸術が停頓するばかりでなく、大小芸術の生存のために食料が破壊されつつあるのだ。芸術の泉が、その源で毒されているのである。現今の社会制度の真髄は、芸術を破壊し、生活の快楽を奪うものである。‥‥この制度が維持されるかぎり、芸術の腐敗はつづき、それが永久に行われれば、芸術はついに枯死するに至る。これはすなわち文明の滅亡である。」

そしてモリスは「ユートピアだより」において自然を伸び伸びと明るく描き、緑かぐわしく、美しい日光を表現している。ロンドンはすっかり面目を変え、煙のない環境、清く澄んだ流れ、テムズ河上流のあのケルムスコット・マナー邸と幼少時に育ったエピングの森を、それぞれに夢のように描きわける。そこの人間は美しく健康な体躯に改造され、労働は喜びと創造の楽しさになる。(世界の名著・ラスキン、モリスより) 

また、モリスは、その詩集「地上の楽園」[18]でロンドンの環境を嘆き、その回復を願っている。回復への具体策は、大量生産や労働の質にかかわる社会改革であり、回復によって得られるものは、人間が自然の循環とともに生きる宇宙的自然観の再来であると指摘されている。

      

煙がたちこめる 首都圏六州を忘れ、

噴き出す 蒸気ピストンの律動を忘れ、

広がりゆく みにくき町を忘れ、

むしろ思え 丘陵の荷馬を、

そして夢見よ、小さく白く清らかなるロンドンを、 

緑の庭に縁どられた 清冽なテムズ河を、

 

Z.クラフトマンシップ——教育効果と復活の必然性——

 

前章までに述べたように、モリスは、労働には本来「よろこび」があるということへの強い関心を見せ、実践による証拠だてを試み、機械と分業による大量生産を手段とした利益目的の企業の行動や金銭至上の価値感に誘導されてしまった消費者の態度を観察し,市場にあふれる必要以上の需要への批判を強めた。云いかえれば、資本主義がもたらしたであろう結果を見抜き、職人的手仕事の意味を問う姿勢は「後世からの批判者達」の論とは対立的である。どれほどまでもの機械の発達のなかでの人々の生活であっても、具体的手仕事作業や手仕事製品への憧れは、必ずしも経済性を追求しない人々やアマチュアの人々のあいだで、モリスから100年後の今も脈々として根強い。

「人間は、集団で自分達の住む世界を形成している。われわれはその世界の一部であり、その世界に対して責任を負っている。最近になるまでこうした考えは、ちょっとでも口にするのはおこがましいことのように思われていたが、数々の知られざる環境の変化が身近なところで起こっている今となっては、それが全く適宜なものであるということがわかる。 ウィリアム・モリスは100年以上も前にこのことをはっきり認識しており、われわれの住む世界は、芸術作品とみなされるべきであり、芸術作品を作るようにして形成されねばならぬと結論を下した。」とロジャー・コールマン[19]は述べる。

ここで、モリスのいう「芸術的に生きる」とは、どのような人間の生き方を指しているのであろうかについて考えてみたい。

芸術は人間の精神を高揚させる力をもっている。荒々しい生産と利益追求、抑制のない消費の結果としての廃棄物の山は芸術的なのでは決してない。また、穏やかに暮らす人々をその場逃れの手法のために意図的に侵犯することの精神の不当さは、「芸術的に生きる」こととは対極にあるものである。モリスの憧れた「美しい自然」もまた人間の心に自然への畏敬なくしては存在することはできない。自然への恐れと憧れの心をもって美しく芸術的に生きるとき、その精神そのものの高尚さが自然と人間にたいする自制の行動となるとき、再びその輝きを取り戻すことになるのではないだろうか。モリスは「社会の改善」というものでなく「社会改革」ということばで、自身の主張を強く表現している。ここには、人々の生き方を根本から問いなおそうとする意思がある。手工の世界の芸術性と機械技術とのバランスをどのようにとるのか、あるいは人間個々の自制は可能であろうか、マンフォードが述べている「人間と機械の同化」について考えるとき、これまでくりかえし述べてきたように、これもまた人間の職人技本能による人間の社会的進化の現象として、認められることであるとしても、具体的な日々の経済活動に関して有機的宇宙論、倫理観についての再認識が必要とされるところまで、時代は経過してしまっている。モリスは社会改革の具体的実践としてクラフトマンシップの19世紀における復活を試みたのであり、20世紀から21世紀にわたる科学技術万能のこの時代にクラフトマンシップのふたたびの復活の必然性は、資本主義成熟の時代を迎えてその弱点を振り返り手直しを迫られている今、マンフォードが述べているようにモリスの試みは教育目的に素晴らしい展開を秘めていることとして評価したい。

モリスは人の労働のうち有用でない部分を肩代わりしてくれるならばと、機械の出現を否定したわけではなかった。しかし、モリスは当時すでに資本主義、機械、効率、金銭的価値という環境のなかで人間の尊厳、創造性、芸術性、有用な労働の喜びが失われていく事情を危惧していた。社会改革という運動は手仕事による実践がもたらす個人的な多様な価値を強く主張することがその手段であった。身近な例をあげれば、日本においても、ほぼ40年前まで子供たちは次のような唱歌を歌っていた事実を思い出すことができる。

  「村の鍛冶屋」 

 しばしもやまずに 槌打つ響き   あるじは名高き いっこくおやじ                    

 飛び散る火の花 はしる湯玉    早起き早寝の 病知らず                       

 ふいごの風さえ 息をもつがず   鉄より堅しと 誇れる腕に                       

 仕事に精出す 村の鍛冶屋     勝りて堅きは かれが心                         

 刀はうたねど 大鎌小鎌       稼ぐに追いつく 貧乏なくて

 馬ぐわに作ぐわ 鋤よ鉈よ      名物鍛冶屋は 日日に繁盛                      

 平和の打ちもの 休まず打ちて    あたりに類なき 仕事の誉れ                      

 日毎に闘う らんだの敵と      槌打つ響きに まして高し                      

                「尋常小学唱歌(4)」大正元年12月

 

歌われている職人の姿を想像し好奇心を沸き立たせる環境や教育が、家庭にも学校にもあった。そして、いつのころからか、子供が工作をしたり針仕事に興味をもったりすることよりも、知識偏重の学力が重視されるようになり、技能教育と知識教育のアンバランスは近年ますます極まっている。日本経済の高度成長が始まる少し前の頃、ある大学の建学の理念のなかに「産業に役立つ人材の育成」というのがあった。この場合の産業とは科学技術を利用し、組織的に人材を活用し生産性向上を目指すというものであり、大学も人々が豊かになるための人材教育に貢献したのであったし、個人もまたこのことに同調し、こぞって資本主義経済全盛の時代へと合流した。科学技術と自由な経済活動の二人三脚はクラフトマンシップ精神の破壊を起こした。人間にのみ与えられている五感と肉体を使い労働の喜びを味わいつつ、モノ作りに関して創造性と芸術性を高めていこうとする手仕事の実践が日常的にあることをとおして、自然と人間、人間と人間、モノと人間との関係を豊かに構築していこうとする態度を取り戻すこと、このことこそモリスが実践をもって警告を発していたことへの回答ではないだろうか。

 ルイス・マンフォードは前述の『技術と文明』のなかで、アーツ&クラフト運動の弱点について述べているが、それはこの運動が人間の累積的進化の結果である機械技術を嫌悪したことにあるとしながらも、その教育目的の成功については、評価している。そして、マンフォードによれば機械と人間の「同化」という言葉で人類の更なる進化の方向を示している。人間と機械との関係は人間が機械を支配したり支配されたりするけれど、先に述べたように清水幾太郎は「機械は人間が作ったものであり、機械には人間の力量と責任がある。」という。更に、ロジャ・コールマンは「人間はその住む世界に責任を負っている」とも述べている。ここでの「同化」とは、人間がすでに作り上げてきた機械と共存し、より平和で幸福な人間社会への志向を表現し、「責任」とは時間的に空間的に人間を含む全世界への人間が作り出した科学技術のありかたについて、人間が自身強く身にうけねばならない覚悟の表現であろう。このようなことを考え実現させていくについては、人間育成の基礎のありようが問われることでもある。人間育成は多面に亘るけれども、J・ハーベイは「職人の技能は社会の基礎である。」と述べている。

  現代の人々は機械の特性の画一性が安全や安心の保障であるかのように思うようになった。しかし、この安全や安心を獲得するについては、人間の親性性向により、先史からの絶え間のない手工の創意工夫があったのである。現代もまた長い歴史の通過点にある。日頃は便利な風景のうしろに隠れて見えない歴史上の庶民の知恵や技能、または有用品を芸術的に作った人々の存在には、人間の生存の基礎についての経過と現代文明への進化の過程についての限りない示唆がある。ウィリアム・モリスの資本主義批判の方法はその晩年に近づくにつれて社会主義運動から離れていき、芸術的製本に見られるような知識と技能の総合的実践によるものへ結実するようになったことについては、ここでみられるような理由が存在している。

 

 

[・おわりに

 

モリスは、なぜ手仕事を「現代」に復活させようとしたか? かれはなぜ「現代」において、手仕事を行う「クラフトマンシップ」というものに拘泥したのであろうか? この場合の現代とは今から100年以上前を指す。すでに、機械時代に入っておりモリスは無用の労働に代る機械を認めていた。そして、制作過程では機械も「利用」し、デザイナーと工匠という二つの創造的労働を総合させることに価値を置いた。モリスの手工は「中世の手工業への憧れ」にはじまった志向であったけれど、実践においては中世のものと全く同じではなかった。さらに時が経過して2000年の今、モリスの手工はひとつにはアマチュアの世界と機械産業過程のなかに生きている。マンフォードはアマチュアの世界で育まれるクラフトマンシップを機械産業過程への教育的準備であると理解している。このことは先に述べた手工と機械との同化の現代的理解であると思われる。

  そこには手仕事が必要とされる理由が存在するということである。今日でも、「新しいアイディア」、「創造的要素」が生まれる現場はクラフトマンシップ的な要素が必要であるという現実が存在する。これは、現代のあらゆるモノづくりの場面に欠かせないデザイナーという職業の多くがたとえ企業内で雇用されている者であっても、手仕事として存在していることにもあらわれている。また、町工場における熟練職人の技は機械過程のなかで緻密な精度が求められるとき、欠かせない役割をになっている。一方このような産業過程でのクラフトマンシップのありようについて小野二郎20は機械と機械の隙間を埋める仕事になっているとして不満を述べ、アマチュアの世界にある「モリスの手工」に価値をおいている。そもそもモリスの独自な点は、手工の創造的要素が日常から生まれることを説いていることにある。モリスは、『民衆の芸術』のなかで、「幸福の真の秘密は、日常生活のあらゆる瑣事に対して純真な関心をもつということ、その仕事を賤業者の手にゆだねて、無視するのではなく、それを芸術をもって高めることにある。こういうことを人々は発見するようになるであろう。再発見といったほうがよいかもしれない。」と述べている。このような日常性から生まれる創造的な要素、云いかえればアマチュアの世界のクラフトマンシップに注目することが、芸術というものの核心にあると考え、「ただこのような途を通ってのみ、芸術の新しい誕生はありうる」のであると説いている。このことは、職種は異なっていても、今日においてもクラフトマンシップ的な要素の日常性が新たなものをつくり出す可能性を持っていることを示している。このことが例えば小野二郎のモリス評価の核心でもあると思われる。

  ふたつには、クラフトマンシップの持つ「芸術性」というものへのモリスの理解とモリス後100年の現代においてのそれとは異なってきている面がある。前述の『民衆の芸術』のなかで、モリスは「私の理解する真の芸術とは、人間が労働に対する喜びを表現することである」と示している。現代では、労働の至高状態として芸術というものが設定されている場合が多い。不自由な労働から開放された彼岸に、芸術が存在すると考えられがちである。つまり、労働の目的として、芸術が考えられている。ところが、モリスでは、この関係が逆転している。芸術の目的こそ、労働であり、クラフトマンシップという概念が成り立つのは、このような「労働の喜び」が職人芸の先に見ることができるからであるとする。ただし、ここで注意が必要なのは、先に述べたようにモリスが機械時代に生きていた人間であるという事実である。だから、ここで言う「クラフトマンシップ」というのは、中世のものではなく、現代に近い機械時代におけるクラフトマンシップである。したがって、ここでモリスは改めて、機械時代における労働の意味を問うていくことの復権を図っている、と解釈することができる。

そして、機械時代においてのクラフトマンシップはアマチュアの世界での日常性が産業現場でいかされているのであり、日常を芸術的に生きる基礎であるのであり、教育や啓蒙の場面では倫理的に人間が自然と共存していくことについてのひとつの方向を内包し、来るべき人間の活力の源泉の在りかを指し示している。

産業革命後の科学技術の急速な進歩は、人間の衣食住における、または医学における、良好な環境や安心を、ひとまずは生み出したかにみえている。けれども、その影の面としてさまざまな環境汚染や資源の有限性への心配がある。経済活動における「大きな工場」でのモノの生産が人間に幸福をあたえる万能のものとは、いまでは云えなくなった。省資源や環境汚染防止のための技術的研究が続けられている。このことは、再び、あるいは三たび科学技術による解決を目指すという循環の中にある。政府は、さまざまな法律を作り規制により、現状からの方向転換を図ろうとしている。科学技術や法による転換の方法は、個人の行動についてみるとき、間接的なものであって人間本来のありようを再認識させていく力はここでもまた、万能ではない。

「小さな仕事場」でのモノ作りは手工業であるため効率的ではなく、金銭的利益もないものである。しかし、現実に目をむけるとそこに依然として興味ある課題として残されているものは何か。現代文明への疑問を抱くときに、もうひとつの価値観、もうひとつの生活様式を認め合っていく社会、そのなかでなりたつ経済生活はどのようなものであるかについて、考えつつ実践していこうとする人びとへのクラフトマンシップのもつ「教育効果」は、人間の本性にたちかえって考えるものである。人間自身の五感の再開発を促し、体験を通して自然への畏敬や人間どうしの尊重や信頼を深めていこうとする態度が日常的に存在することが、たとえ機械時代にあって、分業の発達している時代においても、どうしても必要であろう。このようなことが次世代への贈り物であると思われる。

機械や道具による省労働に始まり、運搬のスピード化、さらにコンピューター時代の到来は、人間の長い歴史に較べれば一瞬のことであって、産業革命以来、頂点を迎えさらに進化しようとしている。自然への愛、手仕事、芸術、創造性、金銭外活動、熟練職人、これらの言葉はモリスの思想を表現している。人々がヴェブレンのいう親性性向にしたがい、のびのびとして多様な価値観を認め合い、生きていける社会とは本質的にどのようなことなのかについて思考することが今日改めて求められている。この事例として、モリスの思想と実践は2000年を超えてひとつの大きな場面を現在の人々へ、未来の人々へ提供している。

  

 

あとがき

 

機械時代におけるモノの大量生産やサービス産業の成長は、企業利益のある限り公害や資源の問題をさらなる科学技術で乗り越えつつ、これからも続いていくであろう。豊かさの本質とは何か、経済成長の社会的意味とはどのようなことかについて考えてみたいと思い、ウイリアム・モリスの思想と広範な実践を貫いているモリスのクラフトマンシップにその手がかりを求めた。モリスには絵画的、デザイン的、文学的に人々の心を直接に動かす芸術的感性があったことも付け加えておきたい。

この稿は放送大学における坂井素思先生主宰のヴェブレン研究会において、坂井先生のご指導とメンバーの方々のアドバイスをいただきながら、ようやく成ったものである。ここに、感謝申し上げます。

                

 

参考資料

ウイリアム・モリス                                ジュリアン・ネイラー編 ウイリアム・モリス研究会訳                                 講談社 199011 

Willia Morris                                  Linda Parry編 多田稔監修 河出書房新社 1998.2          

 ウイリアム・モリス伝                             フィリップ・ヘンダーソン著 川端康雄他訳 晶文社 1990.3         

ケルムスコットプレス ウィリアム・S・ピーターソン著 湊典子訳 平凡社 19944 

世界の名著 ラスキン・モリス 五島茂著 中央公論社 19714

かえりみれば エドワード・ベラミー作 山本政喜訳 岩波書店19522

近世資本主義 ヴェルナー・ゾンバルト著 岡崎次郎訳 生活社 1943

恋愛と贅沢と資本主義 ヴェルナー・ゾンバルト著 金森誠也訳 論創社19877 

手工業の名誉と遍歴職人

 ―近代ドイツの職人世界―                                藤田幸一郎著 未来社 19944

有閑階級の理論 T・ヴェブレン著 小原敬二訳 岩波書店 1961 

職人技本能と産業技術の状態 T・ヴェブレン著 松尾博訳 ミネルヴァ書房 1997

ヴェブレン J・A・ホブスン著 佐々木専三郎訳 文真堂 1980

現代思想 上.下. 清水幾太郎著 岩波書店 19964

中世の職人 ジョン・ハーヴェイ著 森岡敬一郎訳 原書房 1986

西洋職人づくし ヨースト・アマン著 岩崎美術

小野二郎著作集 小野二郎著 晶文社 1986

 イギリス産業革命史の旅                                剣持一己著 日本評論社 19935

 仕事という芸術 

   ―モリスの夢・ダイダロスの復権―                     R・コールマン著 柳坪葉子訳 アグネ承風社 19978

 技術と人間の哲学のために                                中岡哲郎著 農山漁村文化協会 19875

生命系の経済に向けて 玉野井芳郎著 槌田敦.岸本重陳編 学陽書房 19903

町工場―もうひとつの近代 森 清

技術と文明 ルイス・マンフォード著 生田勉訳 美術出版社 1972

技術の歴史 20世紀その4 技術と生活の質 トレヴァー・I・ウィリアムズ 長野洋子・山田丈児訳 

       地中海文明と中世 水車について                                R・J・フォーブズ 中山秀太郎訳

 ウイリアム・モリス著・講演より

  ユートピアだより   News from Nowhere

  芸術における不安と希望   Hopes and Fears in Art

  地上の楽園   The Earthly Paradise

  吾らいかに生くべきか   Signs of Change

  民衆の芸術  The Art of People

  有用な労働と無用な労苦  Useful Work versus Useless Toil

民俗学研究1998          

比較文明学会誌 1997

放送教材・印刷教材

 経済社会の現代                  坂井素思

 経済思想                     坂井素思 間宮陽介

 経済学史入門                   根岸隆

 比較思想―東西の自然               青山昌文 

 西洋音楽の歴史                  笠原潔 

見学 イギリス  199811

 テート・ギャラリー ロンドン          

 ヴィクトリアアンドアルバート博物館 ロンドン

 ウイリアム・モリスギャラリー ロンドン

 アイアンブリッジ バーミンガム

 

                                     以上

 



[1]Werner Sombart (1863~1941)

[2] The Trent: トレント川:英国イングランド中部Staffordshireを北東に流れてHamber川に注ぐ・長さ270km

[3] The Severn セバン川: 英国ウエールズ中部よりイングランド北部をとおってBristol海峡に注ぐ。長さ340km

[4] John Ruskin (1819~1900) 英国著述家 美術批評家 社会改革家

[5] Hannah Arendt  (1906~1975) ドイツに生まれる 著書「人間の条件」「精神の生活」

[6] Thorstein Veblen (1857~1929)  米国の経済学者 社会学者 著書「有閑階級の理論」「企業の理論」など

[7] John Hooper Harvey  イギリス 1911年ロンドンにうまれる 建築の実務から入り歴史的研究にすすむ

[8] 建築 絵画 染色 織物 壁紙 タピストリー じゅうたん 刺繍 テキスタイルプリント 家具 ステンドグラス 文字印刷 製本

[9] レッドハウスはモリスの結婚に際してモリスの友人達によってつくられた(18591860)ケント県ベックスリー

[10] John William Mackail (1859~1945) 著書「Life of William MorrisLondon 1899

[11] Charles Robert Ashbee (18631942 )イギリスの建築家、デザイナー、アーツアンドクラフト運動の推進者の一人、著書「An Endeavour towords the teaching of John Ruskin and WilliamMorrisLondon 1901

 

[12] アダム・スミスが述べているように19世紀の労働の多くは「辛苦と煩労(tears and troubles)」であった。モリスは「近代科学はあらゆる物質的困難を克服する力をもつと信じる。これが、人の自尊心を損なう嫌悪すべき作業をこなす機械の発明に向かってもらいたい。なにしろ、これらの作業を手でこなさなければならない人が現在、たくさんい るのだから」と述べている。講演「芸術 ゆたかさ 富」1883年より

[13] 清水幾太郎 (19071988)社会学者 思想家 評論家 東京生まれ 著書 「社会と個人―社会学成立史」「日本文化形態論」「社会学講義」「社会心理学」「現代思想」「倫理学ノート」

[14] Lewis Mumford  1895 年 米、ニューヨークに生まれる 著書「都市の分化」「人間の条件」

[15] John Atkinson Hobson (1858~1940) イギリス 著書「帝国主義論」「近代資本主義発展史論」

[16] モリス講演”Useful Work”-Political Writings  より

[17] 「News from Nowhere1891:モリスが描くユートピアの世界

[18] Earthly Paradaise

[19] Loger Coleman 1943〜 )イギリス デザイン設計者 イギリスの伝統的な職人と芸術家の世界の狭間で多くの仕事をしている  

[20] 小野二郎(1929-1982)英文学者。社会主義と民衆芸術の問題に強い関心をもち、衣食住といった生活に密着した芸術や技術について幅広い知見をもち、とくに ウイリアム・モリスの研究をライフワークとした。

         

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