2000 4.1 The Board of Social Sciences

           

社会的知識について

−規則知と政策知−

 

坂井 素思

 

 Some Reflections on Social Knowledge

Rule Knowledge and Policy Knowledge

 

Motoshi SAKAI

 

 

ABSTRACT

  This paper makes an inquiry into the social knowledge as rules and policies, that are made out of the society in our time. How is the social knowledge possible? And what is the nature of its sociality? These problems are relation to the contemporary society itself. In view of the past ideas of the social knowledge, this paper takes some notice of the understanding of the reciprocation of others and its formation in the social and economic institutions, that have been argued by G.Gimmel, A.Schutz, L.Wittgenstein, F.A.Hayek, M.Oakeshott and so on. The following is the contents:

               1. How Is Social Knowledge Possible ?

               2. What Is Social Knowledge ?

               3. Diffusion and Specialization of Social Knowledge

               4. Rule Knowledge

               5. Rule-following

               6. Social Identification

               7. Technical Knowledge and General Rule

               8. Social Knowledge and Policy Knowledge

               9. Public Institution and General Rule

              10. Social Knowledge and Interwoven" Effect

 

 要旨

   この小論の目的は、今日の経済社会のなかで生成される、ルールや政策のような「社会的知識」というものの成立可能性について探究し、その特性を明らかにするところにある。このことは、現代社会に対して、知識というものがいかに関係しているのか、について考えることでもある。社会的知識では、とくに他者をいかに理解し、相互作用を行い、そこに社会的・経済的制度を形成していくのかという問題が問われることになる。この小論では、これらの点について、ジンメル、ウィトゲンシュタイン、ハイエク、オークショットなどの知識論と制度論を検討した。章だては、以下のとおりである。

               1. 社会的知識はいかにして可能か ?

               2. 社会的知識とは何か ?

               3. 社会的知識の拡散と専門化

               4. 規則知

               5. 規則に従う

               6. 社会的同定

               7. 技術知と実践知

               8. 社会的知識と政策的知識

               9. 公共制度と一般ルール

              10. 社会的知識と「織り込み合わされ」作用

   

            1.社会的知識はいかにして可能か?

 

  この小論で考えてみたいことは、社会的行為の実践に対して、知識というものがいかに関わっているか、ということである。このテーマは古くから社会研究のなかで考えられて来ており、また現在でも新たに提起もされてきているものである。たとえば、アリストテレスが知識の5つの分類を行ったときに認識されてから、今日の政府が行う経済政策に関する実践的知識に至るまで、かなり幅広く論じられて来ている。それにもかかわらず、社会と知識との関係について、必ずしもすべて明らかにされてきたわけではない。情報社会が一般化するなかで、社会が複雑になり、知識が増大するに連れ、むしろ今日、この社会と知識との関係についての社会的知識というものの特質が見失われつつあるのではないかと筆者には思われる。

  そもそも、社会的行為が成り立つためには、そこに社会的知識とよばれるような知識が必然的に要請されるという考え方は、社会科学のなかで、過去にもすでに多くの人によって表明されてきている。というのも、社会では、自分だけでなく他者と共にあるのだから、そのときに他者をいかに認識するのかということを知らなければ、自らの行為を行うことが最終的にできないからである。このため、他者をいかに認識するかという現実のなかで、つまりは知識そのものの世界のなかでというよりは現実の実践世界のなかで、社会的知識が必然的に生じてしまうことになる。

  このような考え方の典型例を、ドイツのG.ジンメルに見ることができる。かれは、有名な論文「社会はいかにして可能か」のなかで、「知識の事実としての社会(society as a fact of knowledge)」という語句を使って、個人から始まって社会を構成するためには、その個人が他者との間に相互作用の過程を経なければならないので、ここに生ずる意識には社会的なものが本来的に含まれることを指摘している。問題なのは、この相互作用の過程では、「他者」は自分からかけ離れている個性であるために、その他者の個性を完全に自分のなかに再現することが許されていないという点である(1)

  ここに見られるように、なぜわたしたちが社会関係を形成しようとするときに、「知識」というものが必要となるのかという視点が重要である。この点が、社会的知識の発生を考える理由である。ここには、社会関係を考えるときにかならず思い知らされることになるような、ひとつの「諦め」がある。現実の社会関係のなかでは、まず自分が、自分とまったく異なる他者の個性と対峙しなければならない。ところがこの「他者との相互作用」のなかで、決定的な断念が存在することを知ることになる。つまり、わたしたちの人間関係には、自らとかけ離れている個性である「他者」の個性について、完全に知ることができない、というひとつの欠陥がある。それは、自分の考えていることは自分のなかにもう一度再現することができても、他者の考えていることを知り、それを自分のなかに再現することができない、ということにあらわれる。「他者」を自分のなかに完全に再現することはほとんど難しい作業である。他者のもつ奥深い個性を単純に模倣することはたいへん難しい。他者の内面を模写し、主観的に他者を再生してみることは、その主体にとっては解釈として成り立つのであって、完全な再現はほとんど不可能に近いことである。つまりここで、わたしたちは他者に対する「完全な知識」ということは断念しなければならない。

  それにもかかわらず、社会関係は存在する。このとき、どのような「他者理解」が実際には行われているのだろうか。ジンメルは、個人と他者との相互作用過程で、いわば「ずれ(distortion)」が生ずると考えている。確かに、社会関係のなかで、他者理解には欠陥があり、不完全なままで社会関係を形成しなければならない。けれども、このような直接的な他者理解の不可能なことが、かえってほかの間接的な方法を発達させることになる。このような主観的な自分のなかに他者を再生することが難しいために、そのかわりにそれとは異なる方法が考えられている。他者に対する完全な知識を獲得することができないために、不完全ではあるが部分的なところに依拠して、全体としては漠然としてはいるものの、特徴ある知識を発達させることになる。つまり、他者理解について、特殊な個性そのものに付いて理解を行うのではなく、むしろそのような特殊性を溶解して、一般化された他者理解を行う傾向を示すことになる。

  ここに、ジンメルのいう「ずれ」ということが成立する可能性をみることができる。わたしたちは、他者が現実の生活のなかで実際に行動するときに、彼の奥深い個性を理解するのではなく、彼の個性を代表すると解釈できるような、すこし一般的なカテゴリーのもとで彼を理解しようとする。このとき、まずはかれの唯一持っているような独自な個性そのものを理解しようとするが、通常の生活のなかでは、このような詳細な情報は必要ないし、またこのような理解は拒否にあってしまう。したがって、このとき同時に、もっと容易なカテゴリーに依拠して、彼を理解しようとする。ここで生ずるカテゴリーには、実際にはさまざまなレベルのものが考えられる。個人の唯一性に近いところでは、家族関係が考えられるし、また一般的で普遍的なところでは、貨幣や権力を媒介とした関係を見ることができる。

  たとえば、トマトや大根が畑で「個性」を発揮しているときには値段がつけられず、それぞれ一個一個に実在感が存在する。けれども、市場で値段がつけられるためには、「個性」は評価されずに、一般的なカテゴリーのもとに標準化されなければならない。市場取引というのは、このような抽象化の成果として、ようやく成立するものなのである。この例でも分かるように、このような社会的カテゴリーが唯一的な個性を完全にカバーしているわけではないし、また逆に、これらの個性が社会的カテゴリーより優れて実相を顕しているわけでもない。唯一性と普遍性とは、相互に補完的な関係にあるにすぎない。そして、他者理解ということが要請される社会関係では、この社会的カテゴリーを核として、人間関係が形成されていくことになる。ときには、他者についての像は高められたり低められたりして、歪められることになる。すなわち、ジンメルの言うところの「ずれ」が生ずることになる。

  他者理解がこのようにつねに社会的なカテゴリーに基づいて行われることは、ここではこのようにすこし一般的なカテゴリーが生成されることを前提とする。このカテゴリー化とは、すなわち社会的知識の生成である。ウェーバーが指摘したように、このような状況を踏まえたときにはじめて、「シーザーを理解するためには、シーザーである必要がない」という、かれの言った格言が生きることになる。他者理解は、このように社会的知識の発展を前提としている。この結果後で見るように、この一般的カテゴリーのような社会的知識は、知識であっても、同時に実践の内容に加担しているものだといってよい性格をもつ(2)

   

              2.社会的知識とはなにか?

 

 社会科学であつかわれる知識で、もっとも基本的な性質は、その知識が他者理解を含むものであることから、「社会性(sociality)」を帯びている、という点にある。社会科学(social science)の科学という言葉である英語の science は、ラテン語の scientia、すなわち「知識」から派生した言葉である。問題なのは、社会科学の知識とは、どのような性質のものなのかということである。社会的知識は、前節で指摘したように、個人間の相互作用を少なくとも一度通過したのちに、生成されたものである。それが知識として存在するためには、誰かひとりあるいは複数の人間によって理解され、このことが概念化される必要がある。つまり、社会科学であつかわれる知識は、自然科学的な知識とはこの点で異なる。社会学者のウェーバーが指摘したように、ここにはかならず人間の創り出した社会的な「意味」が含まれている。

 いかにして意味が生ずるかについて、社会的知識では二種類のものを区別することが重要である。経済哲学のハイエクがかつて「主観的データ」と「客観的データ」とよんだものである。つまり、主観的な意見を含む知識と、自然科学的な客観的事実に還元できる知識とが考えられる。ここで大事だと思われるのは、社会のなかで対象となる「事実」とは、ほとんどがなんらかの形で、誰かの「意見」などのような人間の観念を含むものだということである(3)

 たとえば、日本で通用している1万円札は、物質的には、紙にプリントされた原価20円ほどの印刷物にすぎない、という「客観的なデータ」がある一方で、日本人のほとんどすべての人がこの紙切れを、1万円の価値のあるものとして認めている。これは、ハイエクのいう「主観的なデータ」である。このように、一方で同じものが20円で、他方で1万円である、という経済的な価値の差ができるのは、そこに「主観」を含みかつ社会的に醸成された意味の違いがあるからである。かつて通用していた兌換紙幣では、少なくとも金という絶対的な価値のあるものによって裏付けが得られていた。けれども、今日の紙幣は不換紙幣なので、このような価値の保証は存在しない。ほとんど名目的な価値しか存在しないのである。今日の紙幣は、片方で単なる紙切れで、片方で「貨幣」であるという、意味の差異があらわれている。この紙切れに、人びとの意識が介在しなければ、このような貨幣に関する社会的な知識は存在しないことになる。

 ハイエクは、考古学者が「石器」を認識する場合を例に挙げている。いま、目の前にある「石器」のように見えるものが、ほんとうに人間によって作られた道具である「石器」なのか、それとも、単に自然によって創られた、あたかも「石器」のごとくに見えるだけの偶然の産物なのか、という場合を考えている。この情報を決定的な点で分けているのは、人間の意識がここに介在しているかどうか、という点である。ここで作用している人間の意識をいかに理解するかという点で、社会科学特有の知識が生ずる可能性があるといえる。ここでは、物理的特性から直接抽象化された知識なのか、それとも一度は人びとの間の精神的作用を通過して抽象化された知識なのか、この点でハイエクは、「客観的」と「主観的」を分ける意味があると考えた。社会的知識が意味をもって存在する原点をここに求めた。

 したがって、社会性という知識がもつ性質は、前節で見たように、他者との関係が生じるときにはじめて発生するものである。物的で客観的なデータのなかで、問題が完結してしまうようなものではない。このような社会的知識は、他者との間に問題が生ずるたびに生成され、または更新される知識であるという性格をもっている。このため、社会的知識は、このような知識の性格からして、社会の変化によって影響を受けやすいといえる。社会の「現場(on the spot)」で新たに発生する知識が、社会科学全体へ影響を与える構造をもっている。つまり、社会的知識は、自らのもっている情報に他者のもっている情報を結合させたときに、はじめて意味をもつものだといえる。このことが、社会的知識の示す顕著な特徴である。

 このことから、社会的知識固有の問題が生じることになる。普通の個人のもつ知識と、選ばれた専門家のもつ知識と、どちらが社会にとって重要な情報であるのか、という問題である。ふつう、専門家は現場にいる人より、重要な情報を入手し、利用することのできる環境に置かれることが多いので、社会のなかではこの専門家のもつ知識のほうが、より高い価値をもつと評価される場合が多い。けれども、社会に存在する知識の多くのものは、先ほど述べたように、社会の変化の影響を受けやすいという性格があるために、むしろ専門家のもつ情報より、ある特定の個人が現場でもつ情報のほうが重要である場合が少なくない。それほど、現場の情報は変化が生じやすく、他者のもつ個々の情報はそれぞれ異なるということである。ハイエクは、このようなある特定の時点での特定の場所に発生する、一つの状況についての知識を、「系統だっていない知識(unorganized knowledge)」とよんだ。わたしたちの身の回りの知識はこのような性質をもっているおり、ひとりの個人は、専門家あるいは自分以外の人びとに対して、社会的知識の特性から見て、この点で優位の位置に立っているといえる(4)

 現場での情報が重要な位置を占める、という社会的知識の性質は、実践的な現場でのみいうことのできることだ、と考えられがちであるが、かならずしもそうとはいえない。ここで「現場」ということは、かならずしも実践を意味するものではない。理論にとっての「現場」もありうると考えれば、現場とは現実的な社会の場ということである。むしろ、理論的な知識にとって、このような現場における情報がかえって重要な意味をもつ場合が多い。なぜならば、社会科学上の理論は、その時代の変化のなかで批判を受け再解釈され、その時代に合う意味をもつことになるからである。社会科学の対象となる知識は、利用されるたびに更新され、再生される場合が多いからである。

 社会的知識では、現場の情報が重要であることは、以上のように明らかであるが、ただしこのことは現場の情報だけでよいということではない。このことはただちに、次の点で注意の必要のあることを教えている。それは、一見矛盾するように見えるかもしれないが、ここで一つ一つの個別知識は、それだけではあまり意味をなさない、ということである。ここで思い起こさなければならないのは、社会的な知識というものは他者との関係ではじめて意味をなす、ということである。これは、切り離された狭い範囲の専門知識というものは、その範囲でしか重要でなく、一般性をもっていないということと同様の問題である。むしろ、それぞれ孤立して存在している知識が、いかに結合されるのか、ということがここでは重要である。現場の知識もそれだけでは不完全な、分離された断片の情報でしかない。それらが、結合され、相補うことによって、時には反発しあい、全体としては互いに欠如していた知識が補填されることになる。社会的知識が、「社会性」という性質をもつのも、この結合作用が時間をとって幅広く十分に働くときである。ここで、知識とはつねに不完全なものであるから、絶えず伝達され、獲得され、そして統合される過程が必要なのである。

 

 

              3.社会的知識の拡散と専門化

 

 今日の社会的知識を考えるうえで問題となるのは、このような社会のなかで発生する知識が増大し、しだいに拡散する傾向を現代社会のなかでみせているという事態である。たとえば、情報化社会の進展は、人びとの間を媒介するメディアの数を増加させ、その結果情報量の膨張を招いている。あるいは、もっと基礎的なことを考えるならば、社会的な知識は意識が介在することが特徴であるのだから、その知識についての解釈は、そのとき意識された数だけ可能であることになる。

 それでは、なぜこのような社会的知識は、拡散する傾向を示しているのだろうか。このような現象は、社会の変化を反映したものであるといえるが、それだけではなく、社会的な知識に内在する問題であるともいうことができる。一つには、社会の進展は他者との関係を複雑なものにして、社会的知識を分化させ多様化させる傾向があるからである。もう一つは、社会科学分野自体が分岐して、専門分野でそれぞれ細密な知識を増加させるからである。このような二つの傾向から、社会的な知識の分散化という現象を考えることができる。

 社会科学が対象とする知識に、大きな影響を与えている社会現象の一つは、まぎれもなく、「知識の大衆化」という現象である。社会的知識の観点からみて、大衆化とはどのような状況をいうのだろうか。古典的な大衆社会論を整理・分類した社会学者のD.ベルの定義にしたがうならば、大衆社会とは、第1に交通・コミュニケーションの革命が起こったことと、第2に人間相互の接触が増大したことなどによって特徴づけられる。社会が大衆化するときには、社会的な知識と情報の流れが決定的に重要な意味をもつことを示している(5)

  (1)  

 もうすこし注意深くみればわかることだが、この大衆化という社会現象が、社会的知識を増大させ、拡散させるには、二つの経路が用意されていることがわかる。つまり、前述のベルがいう二つの特徴がそのことを示している。これらは、それぞれ情報の流れからすれば、図1で描かれるような異なる二つの形態を示している。一つは、大衆化の進展が情報の流れの質的な変化をもたらすものである。人びとの間に新たなメディアを生じさせ、この結果新しい経路が増えるという質的な変化が生ずることになる。これは、社会的知識の種類に影響を与えるために、知識の伝達経路が多様化されることになる。質的な点での、知識の拡散が生じることになる。もう一つは、大衆化の結果、人びとが同じ知識を繰り返す傾向をもつものである。一度開発されたメディアは、何回も反復され繰り返し使われることになる。そこでは、反復によって流れる情報の量そのものが拡大することになる。大衆化は、社会的知識の量的な拡大を発生させることになる。

 このように社会的知識が増大し、拡散することについて、社会の側で一つの対応が用意されることになる。それは、社会科学の理論分野における分業体制である。けれども、はたしてこのような理論の専門化は、知識の大衆化にたいする対処療法になりうるものだろうか。スペインの哲学者オルテガによれば、ヨーロッパ世界で、このような知的分業が始まったのは、「百科全書派」時代であるとされる。少なくとも、ニュートンの時代のように、ひとりで宇宙観全体を形成することのできる時代が終わったとき、このような知識の分業時代が始まったと考えることができる(6)

 つまり、ひとりのニュートンで対応することが不可能であるならば、ひとりの守備範囲を小さく分けて、複数のニュートンがそれぞれ専門分野に取り組めばよい、と考えたのである。ところが、一見狭く見える一つの専門領域でも、実際には奥が深く、そこからさらに分岐する道は、もっと広大な分野を開拓してしまうものであった。この結果、専門分化した理論分野は、ますます分断された狭い範囲の学問領域へ深入りすることになった。したがって、社会的知識の膨張という事態についての対処の方法としては、専門化という方法は効力を発揮できなかったといえる。専門化は、知識量の増大を縮減するよりは、むしろ社会的知識の増加に貢献してしまったといえる。結局のところ、この時代以降大衆化と専門化はオルテガが指摘したように、相たずさえて一緒にやって来ることになったのである。専門化は、主として、新たな知識の伝達方法を開発してきたのであり、また大衆化は、主として、その伝達される知識量を拡大させてきたのである。このように専門化は、結果として量的な知識の増大をとめることができなかったばかりでなく、質的な点でも知識の増大を助長することになったのである。

 このような理論的な専門化から予想される難点が、知識量の増大以外にも、いくつか存在する。一つは、社会的知識のなかで、現実の動きからの隔絶が生じる傾向のあることである。もちろん、理論の専門化が進めば、現実から遠いものになるのは、科学的な認識の場合には本来的にいたし方ないことなのかもしれない。たとえば、モデル分析では、本質的なことと、本質的でないこととを分けて分析を行わないと、理論的な「現実性」を保つことができないことになる。このため、現実のなかで観察される、個別的で細部にわたることをすべて、理論のなかにもちこむことは不可能である。社会科学の理論分野では、演繹的な推理を行ったり、帰納的な実証を行ったりする。このとき、大塚久雄の言葉を使うなら、頭のなかでさまざまな「観念的な実験装置」を組み立てる。そのときには、当面の対象以外については、捨象するのである。つまり、そこに純粋な理論的規則の世界を作り上げるのである。もっともこれでも、現実の一部を切り取って、そのうえで詳細にわたって膨らませたものであるから、現実とまったく別物であるというわけではない。けれども、モデルはあくまでモデルでしかない。このモデルを使って現実を直接予測したとしても、ただちに現実からの反目を受けることになる。やはり、モデルそのものは現実とは異なるため、理論的現実という世界でのみ通用するのが、モデルなのである。おそらく、このような制約はモデル分析には避けられない。

 ところが、問題はこのような細分化された専門の理論がそのまま、一群のドグマ(dogma)に化する可能性のあることである。理論が一つの絶対的な教条になってしまい、理論世界を超えて、現実へ影響を及ぼすようになる傾向をみることができる。もちろん、理論が現実へ影響を与えること自体がよくないのではない。狭い範囲で得られた知識が、なんの検討を行われずに社会全体へ適用されることが起こるときに、それは問題となるのである。このように、専門化は知識のドグマ化をまねく危険性をつねにもっている。

 もう一つの専門化がもたらす難点は、知識の断片化とでもよびうる事態である。前に述べたように、専門分化した理論分野は、ますます細分化された狭い範囲の学問領域へ深入りすることになった。この結果、社会科学の各分野は、細部にわたる、詳細な情報を提供することになる。たとえば、社会科学は哲学あるいは道徳・倫理学のなかから、法学や政治学や経済学、そして社会学が分化して生成されてきたといえるが、それらはさらに細分化され、基礎的あるいは応用的な専門分野に分かれてきている。ここでの問題は、この細分化された専門分野の視野が狭くなってきていることである。このため、専門分野で明らかにされた知識は、膨大な全体知識のなかでは、単なる断片としてしか考えられなくなっている。本来、知識、とりわけ社会的知識は、それぞれ結びついて意味をもつにいたるものである。ところが、今日専門家によってもたれている知識は、ますます狭い範囲に限定され、分断化されるような状況にある。

 もし、専門化という動きを本来の正当なものにするのであれば、これらの弊害が取り除かれる必要がある。専門化が正当であるといえるのは、それぞれの狭い専門分野で得られた部分的な知識が、全体のなかで位置づけられ、妥当な評価を行うことのできる体系が存在するときである。前述のオルテガは、専門家とは「自分の専門以外のことをまったく知らない」人であると定義している。もしこの定義のような専門家のみがはびこるならば、知識は断片と化し、自分の限界内に閉じこもり、そこで満足してしまう人間を多数生みだすことになる。

 けれども、他方「彼のもっている知識の断片は、彼がもたない他の断片と一緒になれば、真の知識を構成するもの」ということもできる。通常は、このような均衡を保つ作用が働くことによって、断片化された知識であっても結合され、総合的な知識として再生される可能性がある。実際の学問分野でも、専門化だけが単独で進展する場合は少ない。したがって、ここで断片化される知識、その個別に認識される知識それ自体が問題となるのではない。むしろ、問題なのは、断片が断片のままに放置され、この専門知識のみがいたずらに蓄積され、これらを総合化する努力が行われない事態が存在することである(7)

   

              4.規則知(Rule Knowledge)

 

  規則(ルール)というのは、典型的な社会的知識である。第1節で指摘したように、「一般的カテゴリー」を媒介とする人間関係が社会を構成すると考えられるが、この一般的なカテゴリーの典型としてルールというものを考えることができる。他者がどのような行為を行うのか、という自分のなかの知識は、個人的な知識としては成立し得ても、実際には不完全なものになりがちである。それが確実なものであるか否かについて確認するときには、社会的な関係のなかで困難が生ずる。このため、社会ではルールにしたがって、またルールに照らすことで、社会的知識の確実性は形成される場合が多い。本来、他者がどのような行為を行うかについて知ろうとするときには、個人は不確実でかつ不確定な状態に置かれ、容易にはそのような知識を獲得することはできない。もし他者との間で特別の関係がなければ、このことを直接的に、個人が自分のなかに知識として持つことはほとんど不可能である。けれども、ルールを形成し、ルールに従うという慣習が成立しているならば、これによってこれから他者がどのような行動をとるのかについての知識が、個人のなかに生起され、ある程度の確実性を持った期待形成が可能になることになる。そしてこの点で、単なる個人的な知識と、ルールを媒介として形成される社会的な知識とが区別される。この節では、このような社会的知識の特徴をみるために、哲学者ウィトゲンシュタインが提起し、これまで多くの論者によって解釈されてきている、規則(ルール)問題を取り上げて、「規則のパラドクス」とよばれたことを社会的文脈のなかに位置付けることを考えてみたい(8)

  ここで社会的知識というのは、他者に関する客観的データそのものだけの断片のことを言っているのではない。社会的なプロセスを経て獲得される、そのプロセスについての知識についても考慮されている。このように複数の人の間に成り立つような、規則についての知識を、ここでドイツのハーバーマス『意識論から言語論へ』に倣って、規則知 (Regelwissen)とよんでおきたい。規則知という考え方をとるのは、社会的な知識の成立には、個人的な知識に先行して、ひとつの了解が存在することを人びとは暗黙のうちに認めているからである。そして、もしこのような個人に先行するような知識の存在を認めるならば、個人が一つの行為を取るときに、すでに知られているこのような規則知に照らして、自らの行為が正当な行為か、それとも逸脱した行為なのかを知ることができる。また、他者の示す行為に対しても、同じようにして行為についての正当さと不当さについて判断することが、前以って可能になる(9)

  言語や貨幣の使用について、このような事例を挙げることはそれほど難しいことではない。物々交換では、自然状態で交換を成立させようとするために、相手がどのようなものを他のどのような物と交換しようと考えているのか、この知識を正確に得ることは別の人格である個人にとっては不可能な場合が多い。この理解は偶然の出会いで行うことは出来るかもしれないが、その場合どこで両者が出会うのか、いつ出会うのか、という問題は不確実のままである。けれども、貨幣ルールについての知識が定着し、この貨幣ルールの使用に通じた商人が出現するようになれば、交換の場所や時間を適切に選択し、交換上の不確実な事態を回避する知識を行使することができる。この場合、貨幣が存在することで、あたかも社会での公共財の働きと同様に、個人の社会的な負担を軽減する機能を発揮することができる。

  人間は「規則に従う動物」である、といういわゆる「言語ゲーム」の考え方を導入して、この点を説明しようと考えたのは、哲学者のL.ウィトゲンシュタインと、それを社会科学に持ち込んだ、P.ウィンチである。たとえば、言葉について考えれば、話し手と受け手が一つの言葉について「同じ」意味をもつためには、同じ規則に従っていなければならない。しかし、それはどのようにして可能なのか。同様にして、行為の意味についても、特定の規則によってのみ、「同じ」という意味が与えられることになるが、これはなぜなのか。ここに、社会的にみて「同じ」ということはどのようなことを意味するのかという「社会的同定(social identification)」問題が生ずることになる(10)

  二人以上の人が「同じ」ことを考えているという状態が成立し、それをいかに確認することができるか、という問題は、社会的知識の形成のなかで重要な意味を持っている。社会のなかで、二人以上の人が「同じ」ことを考え、あるいは「同じ」行動をとっていることをどのように知ることができ、確認できるのか。この「同じ」ことには、知識というものが関係する可能性があり、そしてさらに、実践までも含むものでもあるということが、ウィトゲンシュタインとその後の論者たちによって考えられてきている。

  ここで重要なのは、社会的知識では「同じ」ことが、客観的な知識のように一対一応に確認できるわけではないということである。客観的知識には、すべての人が認めているひとつの「物差し」が存在して、その物差しに照らして、長さが測られる。その結果、「同じ」ことがわかる。したがって、このような了解のもとでは、かれの『哲学探究』の第215節で指摘されているように、「しかし、少なくとも同じものは同じでないのか。同一性については、あるものがそれ自体と同一であることの裡に、誤ることのない範型があるように見える。わたしは言いたい。<ここでは違った解釈などありえないのだ。かれが眼前に一つのものを見ているなら、かれは同一性をも見ているのだ>と」いうことになる。このように、ひとつの「物差し」が客観的なデータに適用されるときには、かなり「正しい」結果がもたらされると考えることができるのかもしれない。また、もし厳密に測ることができない場合でも、その客観性を確保するような実証的な方法で「同じ」ものが、最終的に「一致する」ことを確かめることができる場合が多い。

  けれども、社会的知識については、このような絶対的な「物差し」が存在するとは限らない。また、厳密な意味で、「同じ」ことが確認される手段が限られている。この指摘のあとで、ウィトゲンシュタインは一致という言葉、すなわち「同じ」ということは、規則(ルール)という言葉と、その使い方が類似していることを指摘する。「一致という語と規則という語は互いに同類であり、いとこ同士なのである。わたしが誰かにその一方の語の使い方を教えているとき、かれはそれとともにもう一方の語の使い方も学んでいる。」そして、「規則という言葉の用法と、同じという言葉の用法は互いに織り合わされている。(ちょうど、命題の用法と真実の用法がそうであるように)」と続けている。なぜ、ここで「同じ」という言葉の使い方が、「ルール」という言葉の使い方と類似しているとウィトゲンシュタインは指摘するのか。じつはこの指摘が、社会的知識を認識するときのキイ・ポイントではないか、と筆者には考えられる。

  「同じ」ということを知るためには、ここで二つのタイプがある。ひとつは、一対一応あるいは関数的に、厳密に「一致」する対応関係が説明されるタイプの関係であり、もうひとつはここでのルールのように、長期・短期の相互作用のプロセスで生み出され、「一致」にいたる関係である。この違いについては、A.C.グレーリングが主張しているように、前期ウィトゲンシュタインと後期ウィトゲンシュタインの相違が反映されていると見る解釈も存在する。ここで確認しておきたいのは、ルールという社会的知識の使用では、ここで言う「物差し」以上の何ものかが含まれており、「同じ」ことを確認する方法にいわば「社会的」な方法が含まれるということである(11)

   

                 5.規則に従う

 

  それでは、ルールによる「同じ」ことの確認とは、どのようなことを指しているのだろうか。ここで、前述の『哲学探究』第225節に戻って、さらに詳しく検討を加えたい。ウィトゲンシュタインは、「ルール」と「同じ」とに、類似性を見ているのであるが、それはどのような意味を持っているのだろうか。この双方に共通しているのは、「ルール」を前にして、また「同じ」ことを前にして、まずは異質な二つの対象が存在するという状況があるということである。このため、それらの対象の比較が行われなければならない。このとき、もし直観的にあるいは直接的に、対象間の「一致」が確認できるならば、ルールを使用する必要性はおそらく存在しなかったものと思われる。ところが、この対象には社会的知識の場合、通常主観が織り込まれている。社会での「同じ」ことの確認では、つまりは、二人以上の主観の間で「一致」が行われる場合には、このため客観的な知識の確認よりも手段は限られる。双方の主観が一致する必要があり、さらにそれを確認しなければならない。一人の主観に対して、他者の主観がどのように反応するかが考慮されなければならない。

  このことは、いかにして可能であるか。もしこの双方の主観がそこに立ち止まっていて、つねに同じ状態で繰り返しの「実験」に同じ反応を返すならば、社会的な知識という特別な考えは必要ない。けれども、ここでは他者の反応をその人が考慮するべく、特別の考え方が必要となる。このように、社会的知識では、他者の反応を考慮する必要があるために、双方の主観を媒介しなければならないし、その媒介する仕組みが求められることになる。

  もしこのような媒介するメディアの発達が見られないならば、一人の主観がそのまま他者を支配するような規則が成り立ってしまう場合が多いことになる。ウィトゲンシュタインが指摘するように、一人の主観が「規則」になってしまう。「規則に従っていると信じていることは規則に従っていることではない。だから、ひとは規則に<私的に>従う事ができない。さもなければ、規則に従っていると信じていることが規則に従っていることと同じになってしまうだろうから」と指摘されている。単に「規則に従う」ということを個人的に信じていても、それは一人の主観だけの範囲に止まってしまう。社会的知識では、他者の反応が含まれて、はじめて「同じ」ことが確認される。したがって、ここで一つの行動に参加して、互いに同じ行為を行っている、ということを確かめるには、その行為を定める規則が存在し、皆がその規則に従っている必要がある。したがって、規則に従うということは、他者の存在をつねに前提としている。私たちは社会の中で行為をする場合に、ルールを作って、そのルールの中でお互いの考え方を確かめることになる。

  『哲学探究』の第199節に、次のような文章がある。そこでは、「たった一度だけ、たった一人の人間がある規則に従っていた、などということはありえない。たった一度だけ、たった一つの報告がなされ、一つの命令が与えられ、あるいは理解されていた、などといったこともありえない。」多くの人が、繰り返し同じことを行うということがあって、はじめて規則に従っているといえる。ここで例えば、一つの「事例」というものがあると考える。このとき、それは単なるひとつの「例」にすぎないが、それが何かほかの一般的な行為の「例」だと認識されたときに、そこではじめて共通の一般概念を理解したことになる。規則に従うことで、ようやく特殊なものから普遍的なものの理解が成立するといえる。社会には複数の主観が存在し、行為の相手があり、この他者というものがいかに行動するのかということを考えるところにルールは成立するのである。そのことは、規則という言葉のなかにもうすでに含まれているといえる。一人の人がもし自分勝手に生活をするのであれば、社会は必要ない。規則があることを以って、社会的な行為というものが成立すると考えることができ、しかも同時にこのことを確認できるといえる。規則というものは、人びとの間から生れてくるものであって、自分一人だけで規則というものを作って、それを変えても仕方がない。人々の間で合意というものを得て、はじめて規則というものが意味のあるものとして、そしてまた社会のなかでの意味ある実践ということが、ここで成り立つのだということを示している。他者のいることが想定され、相互関係が成立する場合のみ、意味をもつ。言語の意味が、そのとき使用する慣用規則によって成り立つのと同様に、社会的行為の意味も「規則に従う」ことによって明確なものになる。ただ、さらにここで考えられたような「規則に従う」という、その規則がいかに成り立つのか、という問題が依然として残されていることには、注意が必要である。

 

                   6.社会的同定

 

  このような「社会的同定」問題で何が問題になるのだろうか。ここでは、じつは社会的知識に関係するきわめて重要な問題が生じている。通常の同定問題では、他者の存在はひとまず考えなくともよいこと、あるいは物質が示すような恒常的な反応を返すことが仮定されている。ところが、社会的同定では他者の反応の有ることを含んだうえで、「同じ」ことが確認される必要がある。このことがあるために、ここでは通常とは異なる、直接的でなく間接的な、屈折した同定が行なわれなければならない。この過程のなかで、他者の反応を織り込む仕組みが要請されることになる。

  この点については、これまで二つの考え方が鋭く対立してきている。ひとつの立場は、前述のウィンチを経てハーバーマスへつながる、積極的な同定を主張する考え方である。このなかで、通常の同定に対して、反省的な作用を組み込むことを通じるような方法が提案されて来ている。もうひとつの立場は、政治哲学のオークショットに代表される、消極的な同定を考えるものである。時間の効果を通じて、習慣の作用を重視するものである(12)

  前者の立場にたつ、ウィンチは、「規則に従う」ことが社会ではそのまま同定を行なうことになると考えているが、その理由として、規則を設定することで「誤りをおかす」ということが明確になるからだと考える。すくなくともひとつの「一致」を確認するためには、その一致についての知識や行動が間違ったものであるか否か、ということが判断できなければならない。規則はこの判断規準を提供していると考えることができる。この判断規準が存在するために、個人の知識や行動に対して、他者から見て「同じ」であるかどうかの異議申し立てが可能となると考える。

  このような異議申し立ての可能性を保つことが、規則の妥当性をも保つことになる。この点から、さらに社会的同定の考えを発展させたのは、ハーバーマスである。規則の存在が社会的「一致」を保証するためには、二つの条件が満足される必要であると考える。一つは、規則の存在は個人の方向付けを確かなものにしており、この限りでこの個人が「ずっと同じ」状態にいることが予想されることである。個人Aがもし規則に従っているのであれば、社会の環境が目まぐるしく変化するなかでも、それにかかわりなく「同じ」状態を期待させることが生じなければならない。そして、さらに重要であると考えられるのは、もう一つに、個人Aが確かにこの規則に従っているのかということについて、他の個人Bが吟味できるという条件である。いわば反省作用(reflection)という理性的な方法によって、社会的な「一致」が確認されることになる。つまりここでは、個人Aが主観的にひとりで規則に従っている、あるいは従っていないと言うことは無意味である。ここで社会的な意味が生ずるためには、この個人Aの行動を判断できる規則が存在し、実際にこの行動がその規則から外れたものか否かを判断できるような、他の個人Bの判断が成り立つような状況が必要である、と考えられている。したがって、ハーバーマスは「自分の行動を他者の批判にさらし、この行動に関して、ひとつの同意(Konsens)を得ることのできる状況が存在しないとしたら、自分一人では確信できないだろう」と考えることになる。

  けれども、ここには明らかに、他者の批判による「一致」の可能性よりもさらに進んだ考え方が示されている。それは、「同意を得る」という手続きを踏む段階を考えていることである。たしかに、ハーバーマスがいうように、規則に基づいて他者を批判できるためには、この個人Aと個人Bとが同一の規則能力を十分発揮できることが前提となっている。ここで問題になるのは、このような規則が妥当となるような、個人間の関係性がどのようにして存在するようになったのかという、見方によってはかなり古典的な問題がここには存在する。もしハーバーマスが言うように、その問題の「場合毎に一方が他方に、誤りの証拠を示すことができ、必要とあらば規則の正しい適用の仕方について了解を得ることができるからである」と言うことが可能であれば、双方の了解の成立はそのたび毎のチェックの結果であることになる。もしこの誤りのチェックを受けていない事例があらわれたときには、そのたびにまた相互批判を繰り返すことになるのであろうか。けれども、もしそうであるならば、規則の存在はまったく必要ないのではないだろうか。普通、誤りのチェックはその可能性が保証されているだけで、実際にその度毎に実行されているような、規則にはあまり実効性がないものといえる。規則の規則たる利点は、ある程度自動的にみんながその規則の存在を知っており、かつ作用していることが信じられているところにあるからである。

  ここには、哲学的な認識で「ヒューム問題」とよばれた状況と、類比的な問題状況が存在する。いま「すべてのカラスは黒い」ということを証明しようとする。ところが、一羽ずつ個別に調べていったとしても、それは特定の、特殊な例を挙げているにすぎない。ここから、「すべてのカラスは黒い」という一般的な普遍法則を証明することにはけっして至らない。同様にして、そのたび毎に相手の批判を繰り返しても、そのことから直ちに規則が成立して、その規則が一般的に妥当であるとは言えないことになる。規則が複数の人にも適用されるのは、それが個別の規定ではなく、すべての人に適用可能な一般概念であるからである。したがって、有限個の事例をあげて、それで帰納的に一般化させることで、規則が成立し、みんながそれに従う、ということはかなり妥当性に欠けている。このような、いわゆる経験的一般化という手続きには、社会科学の場合に、かなりの瑕疵がある(13)

  このように、ルールはそれが適用されるか否かを、そのたびごとにチェックされるわけではない。それにもかかわらず同時に、ひとつの統一的な方法で受け入れられ適用されることは、多くの人びとによって確信されてきているものである。ウィトゲンシュタインも、このようなルールの特性について、つぎのような「当然のこととして」「自明のこととして」という言葉で表現している。「規則がそのすべての帰結文を産出しているように見えるためには、その規則がわたしにとって自明のものでなくてはならない。この色を<>と呼ぶことが、わたしにとってそうであるように、自明でなくてはならない。」ウィトゲンシュタインは、ルールが妥当性を得るためには、その基礎に暗黙のルールが存在する必要であると考えた。つまりここで、暗黙の基礎的なルールとして慣習、習慣のレベルが存在しており、もしルールが存在するとすればこれら慣習の支配を受けると考えた。

  2  

  

  ここで、批判を行って反省的に社会の一致を図るような方法でルールが定まるのではなく、習慣的な行動の行われる中で、継続的に共通性を結び付け、特異性を排除する中で、暗黙のルールが成立するような慣習的レベルの社会的知識があり得ることを示唆している。このような最終的な「暗黙の合意」の仕組みがルール設定では必要になることを教えている。

   

                7.技術知と実践知

 

  ここで重要なのは、オークショットの「政治における合理主義」という著名な論文で、これら二つのレベルに対応すると考えられる、社会的知識の分類を行なっていることである。かれは、人間のあらゆる実践的な活動すべては、知識をその要素として含んでいると考える。そして、このような社会にあらわれる人間活動には、例外なく二つの種類の現実的な知識が含まれるとする。つまり、技術知(technical knowledge)と実践知(practical knowledge)とである。たとえば、貨幣に関する社会的な知識には、為替レート交換のような技術知も存在すれば、貨幣の信用・信頼のような実践知のようなものも存在する。このような両方の知識が混ざって、貨幣についての知識が形成される。

  技術知とは、アリストテレスが「テクネ」とよんだ知識である。つまり、「ものを生ぜしめること」にかかわり、「いかにすれば生じうるかについて考えること」である。人間がものを造り出すときの合理的な方法についての知識である。このためアリストテレスが比較しているように、「必然的に生成ないし存在するもの」でもないし、また「自然的に生成し存在するもの」でもない。技術知は、人間が意識的に、合理的に制作するときに発揮される知識である(14)

 たとえば、これまでの文脈にしたがって、ルールに関する技術知について特に注目するならば、成文化された「交通規則」が好例である。乗り物による通行で、意図的に学ばれ記憶にとどめられ、そして実践に適用される。さらに、通常これらは法律へ定式化されている。交通ルールの多くが不文律の道徳として存在するにもかかわらず、そのなかで定式化されうる技術的なもののみが、「道路交通法」として法律になる。

 もしこのような技術知のみを信じて、社会的行動の一致を図ったり、人びとの一致を定式化するルールを定めたりすると、どのようなことになるのであろうか。このようなことは最終的には失敗するのだが、技術知で記述される社会的知識は、最も理念的で、合理的な定式化が行われるために、同じような知識でありながら相反するようなもう一つの理想を排除する傾向にある。理想的な正義をあまりに熱心に実現しようとするために、ほかの正義を犠牲にしてしまうことはよく見られる。オークショットは、この点を批判することになる。「いかなる賞賛すべき理想にも反対物があり、こちらも同様に賞賛に値する」という想像力を排除してしまう可能性がある。このような技術知のみで社会的知識が構成されてしまうと、そこでは驚くべきメカニカルな社会が実現されてしまう。技術知は、確かに確実な知識であり、一貫性が貫かれている知識である。けれども、その一貫性は社会の中で確かめられた一貫性ではなく、単に論理的、合理的な観点のみにおいて自足しているにすぎない。たとえば、警察官が、技術知によって書かれている規則だけで交通ルールを解釈しようとしても、それの生活への厳格な適用には限界がある。歩行者の「右側通行」という大前提となる規則も、細道では適用されないし、パレードのような集団歩行では守られることがない。また、「歩行者天国」のような習慣上の例外規定は頻繁に存在する。同じようなことは、料理、工芸、科学実験、医術などの身近なことの実行には起こっているし、またそれにとどまらず、公共政策運営、企業経営、外交、防衛にいたるまで、ほぼ社会的活動の全域においていえることである。

 オークショットは、このような技術知に対して、慣習のなかで獲得される実践知を重要視する。この二つの分類で重要なのは、技術知に代表されるような、確実を装う知識への批判が可能になっている点である。技術知は本から学ぶことができ、多くのものは記述可能であるから、暗記することができ、機械的に繰り返し適用可能な知識である。これに対して、実践知は「習慣的にある仕方で振舞っている人びとと共に生きることによって」獲得される知識であり、たとえば「我々は外国語を身につけるようにして行動の習慣を身につける」と考えられている。このような語学修得は、実践知についての典型例を提供している。この種類の知識では、そのたび毎の技術が問題になるのではなく、この知識を獲得したならば、あたかもその定式化されたルールを忘れたかのように振舞うことができるところに特徴がある。

  「我々がルールの知識を獲得したならば、それらをルールとしては忘れて、もはや発言や行為をある状況へのルールの適用に帰着させる気にならなくなるまでは、言語や振る舞いをそのようにして使いこなすことはできないのである。」と性格付けることのできる知識である。また、直伝をうたう師弟関係では、このような実践知が重要な意味を持つ。西欧職人の師弟関係にもよく見られるが、日本の武道書にも残っている。柳生新陰流の『兵法家伝書』には、その極意の書かれている部分で「師弟立相ひて以て之を教へ、書面に顕し難し」と記されているところが散見される(15)。このような実践知は、当時M・ポラニーによって、「暗黙知(tacit knowledge)」とよばれた。このような暗黙の知識として成立するような要因が、社会的知識の形成には不可欠であると考えることができる(16)

 『ウィトゲンシュタイン』を書いたA・C・グレーリングは、「規則に従う」ということはわたしたちの共同体のなかで慣習によって意味形成されるような、いわば「集合的規則使用」である考え、秀逸な比喩を『哲学探究』から探し出している。道路の脇に立っている「道しるべ」に注目する。この道しるべに従って歩けば、目的地へ行き着くことが出来る。このような方法で、道しるべは歩行者の進むべき道を教えている。けれども、この道しるべの教えは決して「指し示す方へ行け」と命令しているわけではない。その道しるべに逆らって、違う道を選択することはつねに許されている。道しるべを見て、わたしたちがそれに従うのは、それを理解して、さらにその使用方法を知っており、それに従うという慣習や実践が根付いているからである。このようにして、規則に従うことは慣習や習慣によって形成された「一般的な実践」であると考えられることになる。「人は、道しるべの繰り返してきた使用、つまり慣習がある場合のみ、それに従う」と『哲学探究』198節でも指摘されている。

  もしルールというものがこのような暗黙知のレベルにあるような知識であると考えるならば、それは主体の理性的な行為に先立って存在するような社会的知識であるといえる。このようなルール知は、時間の効果を経て、習慣として認知される規定、つまりプリスクリプション(prescription)である。したがって、ルールは道しるべの例でわかるように、具体的な指示内容を言うのではないことになる。オークショットが適切に指摘しているように、ルールは、指令、指揮、指示、指図、訓戒、助言、警告などではないし、ましてや要望や嘆願とも区別できる。さらに、特定事項の「禁止」のようなアド・ホックな指示内容とも区別されるべきであると考えられている。プリスクリプションとしてのルールは、具体的な行為の遂行を指示しない。このことはオークショットの『市民状態とは何か』で、次のように表現されている。「ルールは実質的な行動や発言を強制したりしない、禁止したり、保証したりしない。ルールは主体に、何を為すべきかとか、何を話すべきかを告げることができない。ルールは行為規範を規定する。すなわち、諸々の遂行を選択する際に当然に承諾されるべき、しかしそれ自体は服従され得ず、遂行され得ぬ抽象的考慮事項が、これである。」したがって、ルールは特殊な事項の命令として、つまり一義的な指令としてあらわれたときには、すでにルールとしての役目を終えている。このような考え方にしたがえば、ルールは一般的な行為規範であって、すべての人に同意されることのみを要求しているものとして存在するのである(17)

  このような本源的な同意が存在することが、社会的知識において「同じ」ということを確認することのできる条件である。ここに至って、ようやく前節で問題提起された社会的同定が、最終的にひとつの大きな輪を閉じることになる。ウィトゲンシュタインが「規則という言葉の用法と、同じという言葉の用法は互いに織り合わされている。(ちょうど、命題の用法と真実の用法がそうであるように)」と『哲学探究』で指摘していることを前節で述べたが、この「織り込み合わされている(interwoven)」という性格が、ルールに関する社会的知識の性格をよくあらわしている。

   

              8.社会的知識と政策的知識

 

  社会のなかで、政府によって最終的に作成される政策的知識の生成ということのなかに、知識と社会との関係の典型を見ることができる。今日、純粋に市場経済であるといわれる国においても、政府がある程度の権力を利用して、財の配分を行うことに、今日異論を唱える人はほとんどいない。市場経済でも、その市場を通じて適切に供給できない財・サーヴィスが存在することは、市場的自由主義を信奉する経済学者のあいだでも、積極的に明らかにされてきている。なぜ経済が私的部門のみで運営されずに、公共部門あるいは公共的な経済制度というものを必要とするのか。なぜ政府の経済的な役割が求められるのか。ここで考えてみたいのは、経済社会のなかでこのような公共制度というものが形成され、そのなかで社会的知識がどのような役割を果たすのか、という点である。

  十八世紀後半の英国社会で、「自然的自由」の制度を提案した経済学者A・スミスにとっては、なぜ公共制度が存在するのか、という問いに対する解答はたいへん明解なものであった。あまりにも費用が大きいため、個々人の利益に対しては引き合わないから、という理由をあげている。スミスの考えからすれば、当然の帰結であった。スミスは、最小限のルールのもとで、自らの利益を自由に追求すると考える「自然的自由」の考え方によって、経済は動くべきであると主張していた。だから、もし「自らの利益を追求する」ことができないような財・サーヴィスがここであらわれるならば、市場経済を通じての供給は困難になる。したがって、経済の公共制度が導入されることになる(18)

  このような自然的自由の基準に照らして、スミスが取りあげる政府の経済的役割は、わずかに三点である。第一に、自国を他国からの侵略から守る防衛という役割、第二に、個人を他者の不正や圧力から保護する司法、治安行政という役割、第三に、道路、橋、運河、港湾などを建設するような公共土木事業、あるいはこのような公共施設を維持する役割である。これらの政府役割は、二つの異なるレベルに分けて考えることができる。ひとつは、司法、治安維持、防衛などの果している役割である。これらは、経済活動を社会全体の基礎的なところで支えているような、経済に対してはいわば消極的な役割である。もうひとつは、公共事業、公共施設運営に関係する役割である。これらの公共的な事業を政府が行うことは、政府自身が生産者として経済上の資源配分にかかわることであるから、市場経済が営まれているところでは、この役割は経済に対して積極的な関与、もっと強い言葉を使うなら介入を果していることになる。今日各国でみられる公共経済が問題とされるのも、この後者の積極的役割をめぐってである場合が多い。

  今日の公共経済学では、このような政府の積極的な役割が行使されるときには、その結果としてほぼ次のような経済的機能が果たされることになる。財政学者R・A・マスグレイブの簡潔で要領を得た整理にしたがえば、そのような経済的機能には三つのものがあげられる。第一に、公園や一般道路のような公共財の供給を行うような、公共支出による配分(allocation)機能をまずあげることができる。第二に、人びとの間で公平な所得と富が持たれる調整を行うような、分配(distribution)機能がある。そして、第三に、雇用、物価、国際収支などの水準を適切に維持するような、経済の安定(stabilization) 機能が求められる。

  しかし、これはいわば結果論である。なぜならば、そのように計画されたからと言って、必ずしもそのとおりの役割と機能とが実現されるわけではないというのが、公共経済がつねに経験する事態であるからである。これには、理由が存在する。このような公共計画をたて、公共事業を行うには、政府が税や債券で一括して資金を集め、これによって公共支出を行うことが必要とされる。ここでは、収入と支出の双方にわたって、政府は積極的な役割を果たさなければならないのである。しかしながら、ここで市場制度にみられるような、収入と支出を一致させる経済的な原理を持っていないのが政府なのである。

  公共経済学は規範分析である、と言われる事態が、このことを正確に反映している。政府は、市場原理と同じようには需要と供給を一致させる手段を知っているわけではない。この点を理解するには、先にあげた三つの経済的機能のうちの「公共財の供給」にみられる有名な例を引いて置けば良いと思われる。市場では、料金を払わないとその施設を利用することができないが、一般道路のような公共財では、ある人が利用していても他者の利用を排除することがない。このような非排除性と呼ばれる公共財に特有の原理が働くところでは、料金を払って利用しようという人が必要以上に少なくなり、需給を一致させるに必要な価格形成が行われない可能性が高いといえる。この結果、このように市場原理の失敗する分野では、実際には政府の権力に頼らざるをえないことになる。このとき、ある種の原則にもとづいて、政府は最終的な公共目的を目指して、計画を行い、これらの経済的機能を発揮することになる。

  経済学は手段の学問であって、目的の学問ではない、という古典的な考え方が現在でも存在するが、この考え方が当てはまるのは、すでに適切な目的が存在する場合か、あるいはすべての人々が認めることができるほど一般的な目的が存在する場合か、そのどちらかである。一人の経済学者が言ったように、経済学者の役割は、慈悲深い専制君主に助言を与えることであるという考えにもとづいて成立してきている。したがって、慈悲深い専制君主が実質的には存在しない今日では、通常目的と手段とは一体を成す場合が多く見られ、君主と学者の役割は不明確になりつつある。とりわけ、公共制度が形成される過程では、両者を区別することが不可能である場合が多いといえる。

  このような公共制度が形成される問題を、アジェンダ(agenda)という言葉で要約したのは、ベンサムの言葉を受け継いだ、英国経済学者J・M・ケインズである。政府の経済的役割には、「なすべきことと、なすべからざること(agenda and non agenda) 」が存在し、このなすべき点については、たとえ市場経済体制をとる国においても積極的に政府の計画を導入すべきである、とケインズは考えた。ケインズが生きた1930年代の経済では、総需要不足による失業が深刻な問題となっていた。したがって、赤字財政という犠牲を払ってまでも、政府による総需要管理で失業を解消しよう、というアジェンダについては、それを公共目的とすることには今日より抵抗は少なかったといえる(19)

  このようなアジェンダはいかに形成されるのだろうか。ケインズ個人が示していた計画への強い信念と、ここで見られるような公共制度に取り入れられることになったアジェンダとは、一般的にどのような関係にあるのだろうか。ここで問題とすべきは、この点である。この両者にみられる基礎的な関係は、歴史的にみてもこの時代特有の特殊な関係であるとは言い切れない側面をもっており、むしろある面では普遍的でかつ典型的な意味をもつもののひとつと考えられるものである。この意味でケインズ自身の内に醸成されてきた考え方は、公共のアジェンダというものが採用される手続きを考慮するうえで、重要な位置を占めていると考えられる。

  この両者の関係を明確に説明しているのは、経済学者R・ハロッドが「ハーヴェイ・ロードの前提」と呼んだ事情である。英国ケンブリッジ市にあるハーヴェイ・ロードは、大英帝国の繁栄と物質文明の進歩を信ずる人々を育ててきた街であり、その街に育ったケインズは、国民が努力さえすれば社会に存在するすべての貧困、失業、社会悪などを解消することが可能であると考えていた。そして、英国政府を実際に動かすのは、オックスフォード大学やケンブリッジ大学を出て、大蔵省に入るような少数の知的に優れた人々であり、彼らは善意の公共精神をもって公共計画をたて、最終的には政府の公共目的を遂行するものと想定されていた。少なくともケインズ自身は、たとえばヴェルサイユ条約の代表団として、あるいはブレトンウッズ計画の代表として、などに見られるように、「ハーヴェイ・ロードの前提」に強く染まっていたと考えられる。これがハロッドの指摘である(20)

  したがって、ケインズの場合には、個人の内的な直観力というものが大きな意味を持っている。いかに公共の信念が形成されるのかは、かなりの程度直観という、個人の恣意性に依存しているといえる。けれどもまたこの直観力は、それが育てられた文化的な環境からまったく切離されて存在するものとは言えない。この点では、「ハーヴェイ・ロードの前提」と並んで興味深いのが、ケインズと「ブルームズベリー・グループ」との関係である。ブルームズベリー・グループは、小説家、評論家、画家などがそれぞれの分野で個人的に活躍をする一方で、ロンドンのブルームズベリー地区に談論のサロンを形成し、私生活から文化運動にわたって幅広く互いに影響を与え合った集団である。このようなブルームズベリーの世界観というものが、間接的に、あるいは潜在的に、ケインズの信念に影響を与えていた。

  ケインズの例にあらわれているのは、個人の信念がいかに形成され、それが一国の政策に反映されるのかという点である。経済学者や政策担当者が経済社会に対して勧告を行う場合には、このように暗黙のうちに形成された個人の信念から、完全には自由になることはないということである。逆に言うならば、ケインズの場合のように、知的に優れた人々によって熟慮された政策判断が支配力を持つべきだと主張することは、その知的に優れた人個人の信念が何の手続を経ないままで、直截的に政策担当者を拘束してしまう危険性を持つということになる。このことは、ケインズの『一般理論』第18章によくあらわれている。「我々の最終的な課題は、われわれの実際に生活している種類の経済体系において、中央当局が歳量的に操作したり管理することのできる変数を選び出すことにあるといってよいであろう。」ここでは、知的エリートの公共的信念があまりに強調されてしまうために、その信念から始まっていかに公共のアジェンダが形成させるのか、という視点が、すっかり抜けてしまうことになる。

  今日の民主制のもとでは、政府が果たしている行政機能も司法機能も、もうひとつの重要な機能である立法機能によって成立した法則のもとに運営されることになっている。したがって、政府の経済的機能を考えるうえでは、この立法によって左右される問題を数多く含んでいる。この意味では、立法は経済過程と切り離されて存在する純粋な政治過程であるというよりは、むしろ経済内で作用する過程であるという性格をかなり多くもっている。

  政府(government)という英語の語幹にある govern という言葉は、そもそも船などの「舵をとる(steer) 」という意味から出た言葉である。この点から考えれば、法をもって行政機能や司法機能を方向づけるのが、立法(legislation) の役割といえる。かつて、十八世紀英国の政治家E・バークは、「立法者は法律家のできないことをやる」と、演説のなかで述べたことがある。この視点で重要なのは、政府の経済的役割というのは立法によって絶えず形成されつつあるものである、という認識である。絶対的な意味において、行政機能や司法機能が経済的機能として確立されているというよりも、立法によって設定されるルールにもとづいて、さまざまな政府の経済的機能が執行されるのだといえる。したがって、立法機能は、この意味において経済過程のなかで、明確に内的なものとしてはたらいていると考えられる。

   

              9.公共制度と一般ルール

 

  公共制度を支える立法には、二つの種類あるいは二つのレヴェルのあることを指摘したのは、前述のF・A・ハイエクである。ひとつは「特定措置(particular measure)」と呼ばれるものであり、特定の集団の願望にもとづいて、特定の便益を分配する立法である。もうひとつは「一般ルール(general rule)」と呼ばれるものであり、特定措置を超えて、あらゆる集団が従うに至るような立法である(21)

  したがって、公共制度を設けるような立法を行う場合には、公共性とはそもそもどのようなことを言うのかが問題になる。J・ロックが述べたと言われている「立法の権限を用いる場合には、一般ルールに則った立法を行うべきである」というのは、公共性を保つ意味ではたいへん正当な主張である。また、18世紀の政治家であるE・バークの時代から現代に至るまで、たとえ地方の代表として国会議員を受諾したとしても、その地方の特定利益からは離れるべきであるということも、その限りでは正当な意見であるといえる。かれが象徴的にいっているように、立法者というものは法律家以上の仕事を、法律家を超えるような仕事というものをもっている。

  ところが実際には、現実のなかでこの特定措置と一般ルールを区別することがたいへん難しいといえる。たとえば、毎年の予算案は、具体的には特定措置を提案するためのものであるにもかかわらず、一般ルールを審議する国会の承認を受けなければ成立は困難である。この予算というものは、両方のレベルが同時に起こっている事態である。予算は、長期に向けて、国民がどういう方向にいかなければいけないのかという意味で、一般的なルールもその中に含まれている。また同時に、そのひとつひとつの予算の項目は国民の一人一人の生活、経済的な活動を特定の形において、措置を定めているということになる。この点にみられるように、実際に行われる立法が特定措置のもとに作られたのか、あるいは一般ルールのもとに作られたのか、を判定することはできない。

  このことから生ずる問題は、すべての立法上の対立が、特定の利害関係の対立としてあらわれてくる、という点である。この結果、民主制のもとで立法が行われる場合の多くでは、特定の利害についての多数派が提案するような、特定措置が採用される傾向にある。この点では、たとえ多数派であろうとも一般世論の代表者というより、彼らは特定利益の代表者、あるいは権益の代弁者となってしまう場合が多い。このようなところでは、公共性とは多数派のもとでの特定な規準であるということになる。つまり、多数派の提案する特定措置による立法が、結局公共性という考えも支配してしまうことになる。

  以上の議論から考えることができることは、特定の利害対立を立法によって調整するには、二つの方法があるということである。ひとつは、特定措置のあいだで互に利害調整を行う方法であり、この場合には、最終的に権力を支配する者や党派が提案する特定措置が優勢を保つことになる。もうひとつは、一般ルールに到達する合意によって対立を回避する方法である。もし立法による対立の調整が行われないならば、個人間や集団間では、それぞれの利害が衝突することになる。この場合に、個人や集団が自らすすんで不利益を受け入れる可能性があるのは、それぞれの特定措置に共通に含まれ、すべての成員に受け入れられるような、一般ルールが発見される場合においてのみである。

  このようにして、立法というものは、公共制度を設立するときに決定的に重要な役割を果たしていると考えられる。この立法の観点からすれば、そもそも公共性というのは、あらかじめ前もって社会に存在しているものではなく、むしろ散在する個人や集団の利害をまとめあげて、ひとつの社会的制度を設立する過程で採用される共通のルールにみられるものである。

  つまり、政府というのは、このような立法によって設立されつつある公共制度の総体なのである。そして、このような公共制度は、ここで確かめたように、一般ルールへの合意によってのみ、利害対立から自由になることができる。長期的にみて継続可能なルールは、最終的には一般ルールなのである。したがって、このようなことを行う立法者の役割は重大である。前述のハイエクが言うように、立法者というのは個々の法律に対してイエスというべきではない。一般的なルールに照らしてノーといえるのが立法者である。普通の立法者は一般的に特定の要求に「イエス」と言う傾向があるが、これに対して、真の立法者は特定の権益を要求するあらゆる声に「ノー」と言うべきであるといえる。「ノー」と言うことによって一般ルールを模索する、ということである。つまり、公共的合意というものは、共通のルールに達することによってしか得られることがなく、また長期的にみて、最終的な対立もこのことによってしか調和されることはないと考えられる(22)

  3

 

  少し具体的な例をあげながら、こういう一般ルールがいかに実現されるのか、あるいは特定措置というものが、どのように審議されるのかというプロセスを考えてみたい。図に描かれているa案、b案、c案、d案、e案という、五つの法案がここに提出されている。ここで、a案に関する法案が三角形の形をして描かれている。なぜ三角形なのかといえば、三角形の底辺に下りていくと、a案、b案、c案、d案、e案というものは重なってくるという状態になっているが、上にいけばそれらがずっと枝分れして違うものになっていることを示しているからである。つまり、政策を提案する場合に、そこには共通の問題意識があると考えられる。ただ共通の問題意識の中から、いかに解決策を探っていくのかによって、実際の提案の時に分れてしまうということがある。したがって、上にいけばいくほど尖鋭化してしまい、対立が際立ってしまう。上の方で描かれているところは、政策の特定措置がそれぞれ対立しあっている状況を表わしている。これに対して、原点に戻れば戻るほど、最初の出発点の問題意識が同じであることを、同じ底辺を共有しているということで表わしている。下の方では一般的なルールというものを探る意味で、人びとの問題意識は共通の基盤の上に立っていることを示している。

  政策を提案する時に、最初はおそらく一般ルールのレベルから提案されていく。ところが、問題が起ると、対立がでてきてしまうということになる。この場合に、民主主義社会では、二つの解決方法がある。一つは特定措置のレベルで解決する方法、もう一つは一般ルールのレベルで解決する方法である。前述したように、もし特定の措置というレベルで解決するということになると、それはa案、b案、c案、d案、e案の中で、最も権力の強い提案者の案が採用される。民主主義の多数決原理をもし用いるとすれば、もっとも多数の立法者、代議士が賛成する案がこのなかで選ばれていくということになる。この場合には、一つの案が選ばれると、他の四つの案は廃案になってしまう。この結果、多くの人びとがかなり不満足な状態を強いられることになる。もう一つの方法は、人びとのなかで対立している点は切り捨てて、共通の問題意識のところで妥協を図る方法である。人びとの一致点を見いだしていく方法である。共通の問題意識に戻って、共通の方法を考えていこうという点で解決策が提案され定着が図られるものである。政策的知識には、作成を行うデザイン段階と、定着の判定を行う評価段階とが存在する。とりわけ、この評価段階で前述の「織り込み合わされ」作用が働くことになる。このとき、政策的知識は限りなく、社会的知識としての性格を強く顕すことになる。

   

           10.社会的知識と「織込み合わされ」作用

 

 知識を社会的な視点から考えることにはいくつかの利点があるが、ここで見てきた社会的知識では、それらが相互に結合され、共有化される可能性があるというところに最大の意義を見いだすことができる。これによって、ローカルな意見や価値観が分散され切断されているままになっている、大衆化状況での難点を解決する糸口が得られるかもしれない。専門的な職場で閉じられた状況にいる人びとや、地域を隔てている人びとが、これらの限られた狭い範囲の場所から出て、少し開かれた場で知識を得ることが可能になるかもしれない。このことは、実社会のなかで、専門的な職業についている人びとにとっても有利であるといえるが、けれどもそれ以上に重要なのは、専門分野を超えたり、社会の現実と相互作用を起こしたりする可能性があるからである。断片的で、排他的な知識が、幅広いコミュニケーションを継続することによってもうすこし普遍的で、同意を得ることのできるような知識へ再生される可能性がある。

 18世紀、ナポリ大学のヴィーコ(Vico)は、なぜ大学が必要とされるのか、という問いに次のように答えた。いかなる単一の学芸でも、個々のものに精通するのに個人ではほとんど不十分なまでに難しくなっている。そのため、大学が建設され、あらゆる学科と講座が設けられることになったのである。ギリシア人の時代には、ひとりの哲学者が一つの大学であり得たかもしれないが、ローマ人の時代には、国家を整備するために、法に関する知識が必要になった。書物が出され、学問が分派し、社会についての意見や考えが多様化した。ここに、大学が必要とされる必然性があったといえる。専門領域が発達して、知られざる知識が発見される必要はもちろんあったといえるが、それ以上に、それまでに蓄積された知識が整理され、増え続ける知識を統合する必要があったのである。そこでは、それまで埋もれていた知識を再生させる必要があったのだが、それは新たに知識に加えられたものとの比較を通じて、知識を総合する契機を探るためなのであった。大学では、ひとりの学者によって伝えられてきた偏った知識を検討して、総合的な知識の体系を図ることが求められていたのである。

 今日の社会的知識について考える場合にも、同様である。専門にしたがって技術的な知識を増大させることは、今後も避けることはできないかもしれないが、それだけに終わるものではない。先に述べたように、技術的な知識の単純な増大は、さまざまな弊害を生みだしている。したがって、今日求められているのは断片化されている知識を整理して、知識を統合することである。意味のない、消化不良に終わっている知識を淘汰して、知識の無用な増大をくいとめることが、もう一方で求められていることである。社会的知識という、相互作用を経た、専門分野を超えた知識を想起する意味もここにある。人間のもつ知識は、本来的にローカルなものであって、不完全であることは避けられない。このような無知の状態は、今日の社会的知識でも避けることはできない。したがって、絶えず知識は相互に伝え合わされ、「間接的に承認しあい調整しあ」われることが必要である。けれどもその場合でも、社会的知識が探究され集められることと、なにが重要な知識なのかを批判し統合することとの間には、バランスが保たれなければならない。そしてさらに、社会の相互作用のなかで共有されるに至った、慣習や習慣などの知識ストックの重要性についてもつねに再生する努力が続けられることが必要である。

  この小論で考えて来たのは、社会的知識と、社会的行為の実践とが、どのような関係にあるかということである。このなかで、「規則に従う」というウィトゲンシュタインの言葉に注目した。「規則に従う」ということは、社会のなかで、「同じ」という一致を示すことを見て来た。このことは、規則がすべての人に同じことを強制したり、同じ条件のもとに一致させようと調整しようとしたりして、「同じ」という意味を持つのではないことを見た。この社会的知識というものは、単なる個人の認識ではないから、主観の直接的な所産ではない。そして、ここで言う規則は、この小論でみてきた社会的知識のひとつであって、社会を構成する当事者たちを媒介する作用を及ぼすものである。このとき、規則の存在は、「規則に従う」という実践と、相互に作用し合うことになる。この小論では、このような相互作用を「織込み合わされ(interwoven)作用」とよんだ。

  このとき、ひとつひとつの規則内容については、人びとによって必ずしも守られるわけではない。また、その規則についての違反が絶えず起こるかもしれない。けれども、前に述べたように、あたかも「道しるべ」の如くに、規則はそこに在って、当事者にあらかじめ先行している。けれども、その道しるべの実質的な存在は、その道しるべが利用され、その使用が慣習として定着するにしたがって、公共的な同意を得ることができるようになる。そしてここに至って、ようやくウィトゲンシュタインの最終的な考えに行きあたることになる。「正しかったり、誤ったりするのは、人間の言っていることだ。そして言語において人間は一致するのだ。それは意見の一致ではなく、生活様式の一致なのである。」社会的知識というものが、単なる個人的な認識でもなく、また単なる客観的知識の教条でもなく、実践との相互作用によって成り立つものであることをうまく言い当てている。社会的知識は最終的には、公共での人びとの同意のなかで使用され、実践が織り込まれることによって、進化し成立していく性質をもっている。

 

 

               (引用および参考文献)

 

  (1)ジンメル,G.,『社会学  上下』居安正訳,白水社,1994 
    
(2)
ウェーバー,M.,『理解社会のカテゴリー』林道義訳,岩波文庫,1968  
 
     ウェーバー,M.,『社会学の基礎概念』阿閉吉男,内藤莞爾訳,角川文庫,
                         1974 
    
(3)
ハイエク,F.A.,『科学による反革命』佐藤茂行訳,木鐸社,1979 
    
(4)
ハイエク,F.A.,『個人主義と経済秩序』嘉治元郎,嘉治佐代訳,春秋社, 
      
1990
 
    
(5)
ベル,D.,『イデオロギーの終焉』岡田直行訳,東京創元社,1969  
  
    ベル,D.,『社会科学の現在』蝋山昌一訳,TBSブリタニカ,1984  
 
 
(6)
オルテガ・イ・ガセット,『大学の使命』井上正訳,桂書房,1968
    
(7)
岩永・橋本・坂井『社会科学入門』放送大学教育振興会,1997 
    
(8)
ウィトゲンシュタイン,L.,『哲学探究』藤本隆志訳,大修館書店,  
      
1977
 
      
クリプキ,S.,『ウィトゲンシュタインのパラドックス』黒崎宏訳, 
       
産業図書,1983 
    
(9)
ハーバーマス,J.『意識論から言語論へ』森元孝,干川剛史訳,マルジュ
,
        1990 
    
(10)
ウィンチ,P.,『社会科学の理念』森川真規雄訳,新曜社,1977 
    
(11)
グレーリング,A.C.,『ウィトゲンシュタイン』岩坂彰訳,講談社,1994 
    
(12)
オークショット,M.,『政治における合理主義』嶋津格他訳,勁草書房,1988 
    
(13)
ポパー,K.R.,『科学的発見の論理 上下』森博他訳,恒星社厚生閣,1971 
    
(14)
アリストテレス,『ニコマコス倫理学』高田三郎訳,岩波書店,1973  
 
   (15)柳生宗矩,『兵法家伝書』渡辺一郎校注,岩波文庫,1985 

    
(16)
ポラニー,M.,『暗黙知の次元-言語から非言語へ』佐藤敬三訳,紀伊國屋書   ,1980 
    
(17)
オークショット,M.,『市民状態とは何か』野田裕久訳,木鐸社,1993
    
(18)
スミス,A.,『諸国民の富』大内兵衛他訳,岩波書店,1969 
    
(19)
ケインズ,J.M.,『説得評論集』宮崎義一訳,東洋経済新報社,1981
    
(20)
ハロッド,R.F.,『ケインズ伝』上下 ,塩野谷九十九訳 ,東洋経済新報社,1967
    
(21)
ハイエク,F.A.,『法と立法と自由』TU, V  矢島他訳,春秋社,1988  
 
(22)坂井素思『経済文明論』放送大学教育振興会,1994

                                                                                       (1999115日提出)

 (この小論は、「放送大学研究年報第17号」1999年に、掲載されたものである。)

 

   Copyright 2000 Sakai