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1999.10.1 The Board of Social Sciences 贅沢な余暇と退屈な余暇 −日本の余暇習慣に見られる現代の問題− 坂井 素思 小論の構成 1. 混雑現象と余暇問題 2. 忙しい余暇 3. 贅沢な余暇 4. 余暇の大衆化 5. 退屈な余暇 6. 余暇の退屈問題はいかに解決されるべきか? 1 . 混雑現象と余暇問題 わたしたちが常日頃忘れつつあることのなかには、 わたしたちの生活を費やすに値する真実というものが宿っているとは到底思えないことが数多く含まれているのは、 どうしようもない事実である。 けれども、まったく忘れ去ってしまうほどに意味のないものと言いきることのできることは、 そう多くはない。 余暇を過ごすということも例外ではない。 忘却するほどに楽しめば良しとし、また記憶に留めるほどに退屈すればそれも良しとする。かつては、 このように退屈も余暇のなかでは健全なる象徴のひとつであった。余暇が余計なものではなく、わたしたちが生きていくうえで必要不可欠のものであると言われるようになってからわが国では久しくなるが、それでは健全なる退屈も含めて真の余暇とでもいうべきものが本当にわたしたちの習慣のなかに定着し、意味ある活動の一部としてわたしたちの生活のなかにいつも刻まれるほどに育ってきているかと問われるならば、 やはり疑問を呈さざるをえないのではないか。 今日、すこしばかりのお金と時間さえあれば、多少の贅沢な余暇を過ごすことはできる。それほど、余暇についてのさまざまな情報はあふれている。けれども、 一方でこのすこしばかりの余暇を過ごすためには、どこに行っても人がいっぱいであるという状況を日本人全体が我慢しなければならない。この余暇を楽しむためには、並ぶ列の長さにうんざりしなければならない。いずれこの行き着く先には、あまりに長すぎる余暇の時間にストレスさえも感じる人びとが出現するという状況が待ち受けている。 これこそ、ほんとうに忘れてしまいたいことなのである。いったい、いつからこのような日本人の余暇事情がいつでもどこでも繰り返されるようになったのだろうか。近年に至っては、自分の望みとする余暇についての一般相談が繁盛するという事態が見られる。もちろん、 このような現在の余暇習慣というものが、わたしたちの望むものであるならば、これにはまったく問題がないと思われるのだが、 もしそうでないならば、 そしてこの日本の余暇事情にあきあきしている人びとが増えつつあるならば、やはりここで完全に忘れ去ってしまうまえにすこしばかり検討の余地があるように思われる。 2. 忙しい余暇 余暇 (レジャー) というのは、解放された時間であり、 何ものにも拘束されることのない生活であるということであるが、じつを言えば、 これはいつの時代にもほぼつねにパラドクスを含むものとしてありつづけてきた。 ある意味ではだからこそ、余暇という考え方がいつでも理想として追求される可能性を持ちつづけてきているとも言える。たとえば、余暇の古典的な考えである古代ギリシアのスコーレという言葉のなかにさえも、このようなパラドクスを見ることができる。これは、哲学者のH ・ アーレントが指摘していることであるが、ギリシア市民が肉体を拘束する 「労働」 から解放されたとたんに、 この 「自由」 市民は政治や学芸などの 「活動」 に没頭することになる。 つまりそこでも、何ものにも束縛されることのない生活の典型と考えられていた 「観想」 生活というものを、 すべての人が享受できたわけではないというのである。余暇には、 つねに解放と同時に、 そのつぎには拘束を、 人びとが求めることを宿命としてきた。 このような例をなにも過去に求める必要はない。 余暇活動には、退屈を避けるために自然に拘束を求める性質のあることは、現代でもきわめて身近に観察できる問題である。このような 「余暇のパラドクス」 とでも呼ぶべきものが現代の大衆余暇のなかに、 増幅されて生ずることをすでに1970年代に指摘したのは、 スェーデンの経済学者S ・ リンダーたちである。 彼らが注目したのは、 「時間価値の上昇」 という経済的な現象である。余暇というのは、 言うまでもなく時間をめぐる社会現象である。どのグループに属す人びとに、 より多くの 「自由になる時間」 が配分されるのかという問題である。そして、ここで古代の余暇と、現代の余暇との相違がどこにあるのかといえば、それは自由に使える時間の配分が、 古代ではひと握りの人びとに限られていたが、現代では多くの人びとが余暇を手に入れるようになった、 ということである。所得水準の上昇にしたがって、労働時間短縮、 家事時間縮小が達成され、大衆的な余暇が得られるようになったといえる。 ところがここで、余暇は単なる時間の問題ではなく、 もうひとつの経済的な問題を引き起こすことになったのである。すべての人が余暇を求めたとたんに、 時間には当然のごとく限りのあることを知ったことになる。 つまり、ひとりの一日に持てる時間には、 24時間という制約があるから、所得水準が高まれば高まるほど、 所得よりも時間の方が、相対的に稀少になる傾向のあることが、 これは余暇を受ける側も提供する側も同様に、 知ることとなったのである。この結果がいかなるものになるのかは容易に予想できることであるが、このような相対的に高価な時間を節約し、 相対的に安価な所得をどんどん使うようになるという現象が生み出されるようになった。いわゆる財集約的な(goods-intensive) 時間消費である。このことは、つまりは人びとの余暇が増えれば増えるほど、 それ以上に時間をすごすのに使用される貨幣所得が増大するという事態、 すなわち時間価値の上昇、 という現象が、大衆余暇のなかに定着することになる。 この 「時間価値の上昇」 という経済用語を、 ふつうの言葉に翻訳するならば、個人にとっては 「忙しくなった」 ということである。あるいは、集団からみれば、 「混雑するようになった」ということである。経済的にみるならば、 所得水準が高くなり、 機会費用が余計にかかり、 個人の負担する時間費用が上昇した、 ということである。このため、 アルバイトを頼んで切符を代行して取ってもらったり、 おいしいレストランに長い時間並んだりというように、混雑して個人の負担する費用が高くなるということが、 頻繁に起こってくることになる。大衆余暇の大きな問題は、結局のところこのように 「時間価値が上昇してしまう」 、という現象に集約されている。不特定多数の人びとに時間の余裕ができればできるほど、人びとがよりいっそう忙しくなることが、大衆余暇ということの本質にあると考えられる。 はじめのうちは、このような現象は大衆余暇が定着すれば、徐々に消えて、もっとゆとりをもった余暇習慣が人びとのあいだにも見られるようになるといわれてきた。この問題の解決は、一見きわめて簡単そうにみえる。つまり、時間価値の上昇さえ止めれば良いからである。この問題についての経済学者たちの処方箋は、 明解である。 そしてまた、この問題についての西欧の対応の歴史をみれば、それはほぼつぎのような経済学者たちの進言とそう変わるわけではない。つまりは、時間価値の上昇をとめるには、余暇の需要を抑制するか、あるいは余暇の供給、 または時間サーヴィスの供給を、 大幅に増やすかすれば良いことである。余暇サーヴィスへの需要を抑えるには、 経済成長を低下させればよいし、 余暇サーヴィスの供給を増やすには、余暇産業を育成すればよいことになる。 形式的には、これは模範解答である。 しかし、余暇産業の育成はともかくとして、やはり問題は余暇の需要というものをただちに減少させるということができるのだろうかということがここでは問題ではなかろうか。このような時間価値の上昇ということは、単にそこに人びとの需要が一時的に集中するから生ずるということを示しているにすぎない、 ということ以上のことが含まれているように思われる。余暇習慣の外観のみを見るならば、時間価値の上昇という経済的現実しか目に入らないのかもしれないが、 ここではさらに余暇習慣の内実に注目する必要がある。 そこで、なぜ人びとが集中し、 混雑というものを避けることができないのか、 なぜ人びとがこれほど余暇を求めて集まるのか、 という核心にある問題を考えておく必要がある。 余暇欲求が形成されるその起源にかえって、 余暇が求められる意味を、 まずここで掴んでおきたい。 3.贅沢な余暇 なぜこれほどまでに、忙しくなり混雑するほどに、 人びとは余暇を求めるのかという点がここでは疑問である。これについてのひとつの解答は、 たとえ大衆余暇といわれていても、 そのじつはそもそも余暇というものは大衆の生み出したものではないから、大衆が余暇を求めるということそれ自体に矛盾がある、 という大衆批判の立場からの観点がある。この観点からすれば、余暇はきわめて特別なもので、 ある意味で階級的とでもいえるものかもしれない。余暇の経済的な性質を調べてみると、 このことはよくわかる。ふつうの経済財とちがって、 第一に余暇に対する期待がつねに度を越すような性質のものであるため、所得などの制約がなければ、余暇需要が集中することはあらかじめ当たり前のことと考えられていること、 第二に、 このため余暇の供給が極端に少なく限定され、 特定の人びとの需要にのみ対応していることも、 ごく当たり前に了解されていること、というような種類のものなのである。このような余暇の経済的な在り方、 つまり社会的に見て、 なんらかの理由でつねに人びとが余暇に引き寄せられるような状態に保っておかれるような種類の経済財・ サーヴィスが、余暇というものの性質のなかにはあるようなのである。 このような余暇の性質からみて、余暇とは社会的に、 人為的につくりだされた「特権的な財」 あるいは「地位財」 であると言う経済学者もいるが、これは単に余暇の部分的な性質を言っているだけであり、 ほぼ誤りに近いものである。むしろ、余暇にあてはまるのは、 人為的に生み出されてきたというより、人びとのあいだで習慣や慣習として自然に生み出されてきた、もっと幅の広い範囲のものを含むような性質を持つものなのである。 この性質をひと言で言えば、余暇というものは、現在でもあるいはそもそも、「贅沢」なものである、ということになる。この考えは、今日でも多くの人びとが抱いている。社会学者のM ・ウェーバーを引き合いに出さなくとも、余暇はある種の「怠惰」であって、「勤労」の精神とは対立するものだとも、長い間考えられてきている。また、今日ではふつうに見ることのできる余暇活動であっても、そのひとつひとつの起源をたずねると、かつては庶民の手のとどかない活動であり、貴族階級の「贅沢」な趣味のひとつであったものも多い。 もともと、贅沢とは英語でLuxuryという言葉を使うが、このLux という語幹は「過剰であること」という意味がある。ある一定のランクを超えて過剰であることが、贅沢の意味である。経済史家のW.ゾンバルトが、贅沢とは「必要以上の浪費」であると考えたように、「必需」という基準を超えたものが、「贅沢」と言われることになる。余暇を、必需と贅沢の二分法によって所得弾力性の高いものというように、統計的に分類することもできるが、それであれば、あまり意味はない。それは、余暇の積極的な意味をかえって薄めてしまうものであり、その必需と贅沢の二律背反によって、生成される社会的な意味をなくしてしまうものといえるかもしれない。 むしろ、「余暇が贅沢である」ということが、意味を濃厚に持つようになるのは、「贅沢な余暇」がほかの何ものかを表示し、シンボライズするからにほかならない。余暇活動というのは本来個人の「楽しみ」を抜いては成立しない。この点では、自己充足的なものである。他人にとっては、まったく意味がないし、他の人の役に立つことの少ない活動であることが多い。ところが、このような「役に立たない」という、浪費的性格を持つがゆえに、かえって異なる意味を担うということが浮かびあがってくると言えるかもしれない。このような余暇のあり方を「みせびらかしの余暇(conspicuous leisure) 」と呼んで注目したのは、米国経済学者T.ヴェブレンである。彼は、余暇という贅沢には、より上位にある階級の富や実力を表示する意味がある、と考えた。 ここで重要だと思われるのは、なぜふつうには価値のないと考えられている非生産的な余暇というものが逆にここではもっとも価値のあるものと考えられることになったのか、というその理由付けである。経済学では、通常所得水準が高くなるにしたがって、自然に高度な贅沢な消費を行う、と考えられている。しかし、このことが成立するためには、そもそも経済的に、「必需」より「贅沢」の方が価値が高いということが、あらかじめ人々の思考習慣のなかに確立していなければ、もともとこのようのことは成立するはずがない。このような前提条件を、そっくり脱落させておいて、余暇がなぜ求められるのか、という点を問うことはできない。なぜ「必需」のつぎに「贅沢」へ、人々の欲求が向かうのか、ここが今日でも大きな問題なのである。余暇が人々のあいだに、しっかりと根をおろすには相応の道すじをたどって定着が行われると考えられる。余暇の多くが、一時的な消費活動という側面を持っていると同時に、固定的で習慣的な活動であるという側面をより多く持っていると言われる所以である。 余暇という習慣が、どのようにして人々のあいだに定着するのか。ヴェブレンは、「有閑階級」という上位の社会階層を仮設して、説明を行った。かつて、北欧のバイキングが富の所有を競って、この最高実力者としての名誉や名声を得たものが上位者の地位を獲得したと同様に、この「有閑階級」では「労働免除」や非生産的な時間浪費の程度を競争(emulate)して、より上位者であることを衒示する思考習慣が生成したと考えた。たとえば、つぎのものはヴェブレンがあげている有閑階級の示す労働免除ということのたいへん有名な例である。自分の手ではけっして食事をとってはいけない「ポリネシアの首長」、王座を自分で動かすことをしてはいけないために、暖炉の前に座りつづけて火傷をおった「フランス国王」という例をあげている。このような現在ではかなり浮世離れしていると思われる例でも、そこに労働免除という慣習が定着している有閑階級では、いかに切実な制度として、この余暇の「みせびらかし」が働いていたかを想像することができる。つまり、ここでは余暇をすごすということは、現在の大衆余暇とはちがって、有閑階級が他の下位階級と異なることを誇示するためのいわば、「高級文化」として制度化されていたものであるといえる。富や実力をより一層多く蓄えるのではなく、むしろ非生産的、非物質的な活動を行って、財や時間の浪費を示すことが社会的な意味を持つことになる。ここにはじめて、「労働免除」ということが非生産的であるにもかかわらず、積極的な余暇の制度として公認されることになる。なぜ労働を行わないということが正当化されるのか、という余暇の契機にひとつの答えが与えられたことになるのである。余暇という人々の生活習慣は、有閑階級が差異ということを作りだすために、まずは高級文化へ向かう傾向として、創造されたと見ることができる。
4.余暇の大衆化 このようにみてくると、余暇というものは本来的に「贅沢」なものである、という考え方は、これまでの余暇論のなかでも、かなり正統的なものであった。というのも、この考え方は余暇という文化習慣を、まずは有閑階級がいかに創り出すかということに関係させているからであり、その考え方の起源のひとつを正確に言いあてていると考えられてきているからである。 ところが、近代以降の現実の動きは、このような「贅沢な余暇」という考えを温存させる方向とは、まったく逆の方向を辿ることになる。もっとも、前述のヴェブレンもこの方向を示す現象に気づいていたことはほぼまちがいない。有閑階級が自分自身で余暇生活をみせびらかすことには限度がある。そのため、家族、使用人に、代行的(vicarious) に、みせびらかしを行わせることになる。余暇は、しだいに下位階級の文化へと広がっていくことになるとヴェブレンは考えた。 かならずしも、余暇のみについてではないが、このような「高級文化」が「大衆文化」へと拡大していく現象を、「流行(fashion) 」と呼んで、その基本的な構造を明らかにしたのは、社会学者のG.ジンメルである。彼は、十九世紀末でも観察することが容易であった「旅行熱」や「衣服」の流行をとりあげながら、上流で生み出された「流行」が下流へ流れ広まっていく、普遍的な社会な傾向を明らかにした。もとにかえって考えてみれば、流行現象のそもそもの形は大きな集団を形成する現象であるが、 それがただちに大衆現象となるのではけっしてなく、階級間で観察されるものであったといえる。つまり、「流行はつねに階級的な流行であり」、階級差を作りだす現象であるといえる。日本でも余暇という習慣が、上流層から下流層へ滴下(trickleォ down)することによって、余暇活動というものの「大衆化」がすすめられてきた歴史的経緯をみることができる。 ジンメルの視点のなかで、とくに今日の文化現象を考えるうえで優れている点は、大衆化という傾向を、相対立する二つの動きによって、複合的に説明していることである。ひとつの動きは、常識的なものである。大衆化の大きな動きのひとつは、やはり下流階層が上流階層の文化・習慣を「模倣」する傾向である。この結果、文化の反復が行われ、咀嚼がおこなわれ、大衆の多くの層へ広がりをみせることになる。しかし、大衆化というのは、単に下流階層が均等化して似たような傾向を身につけることをさすのではない、という点がここでは重要である。 大衆化のもうひとつの動きのなかには、じつは模倣過程とまったく逆の過程が含まれている。それは、上流階層が新しい流行を「創造」し、それを下流階層に対して、「見せびらかし」する過程である。ここでは、なぜ大衆化には「創造」過程が必要なのか、という点を、明確に考えておく必要があると思われる。というのも、従来大衆化の欠陥は創造過程のないところにあると考えられ、これが批判されてきたからである。そもそも大衆化とは階級現象、あるいはすくなくとも二つのクループ間での現象である、という点を見すごすべきではない。もし「模倣」過程のみが、大衆化現象であるとすれば、この階級間の差異、二つのグループ間の差異は、文化的にはただちに消滅してしまうことになる。そして、大衆化現象は下流層が上流層に同化して、完結してしまって再び起こることはないことになる。もし大衆化現象が今日のように、あるいは過去のように、持続的に行われ続けるためには、下流層が模倣するに足るだけの、文化・習慣がつねに新たに作り出されていなければならないことになる。つまり、上流階層の文化が絶えず創造されたり、つねに高く維持されたりしないところでは、けっしてそれらを模倣しようという動きは起こることはない。 逆に言うならば、大衆化という傾向の生じないところでは、それから脱け出て新たな文化を生み出そうとする必要も生じないし、高級と呼ばれる文化を創り出そうとする挑発も少ない。模倣がなければ創造もないし、創造がなければ模倣も存在しない。大衆化過程では、模倣と創造は分かちがたく結合されていて、両者はそれぞれ互いに対立する動きを特徴としている。しかしそれにもかかわらず、あるいはそれゆえに、また両者はそれぞれが他方の成立する条件を成している。このような基本的なことについては、有閑階級の時代も、現代の大衆余暇の時代も、のちに述べる点を除いては、同様であるといえる。 5.退屈な余暇 余暇が贅沢なものであることが、余暇というものが生まれ出る重要な条件であることを、これまでみてきた。ところが、この余暇の贅沢さが内に含む、先に述べたような「過剰性」ということが、すこし視点が異なるが、逆に現代においては余暇を阻害する要因と考えられるようになってきた。余暇という習慣は過剰的であるがゆえに、かえって衰退する可能性を持っているという兆候を、現代ではみることができる。余暇は贅沢さを必要とするが、ところがこの贅沢さを持つがゆえにかえって、余暇ということが成り立たないという事情が、現代では指摘されるようになってきている。 じつは、大衆のもつこのような文化特性に鋭敏に反応したのも、前に述べたG.ジンメルである。彼は、都会人が過剰なセンセイションから自己を守るために、態度を「保留」したり「飽き」の態度を発達させることを指摘している。同時代のフランス社会学者E.デュルケームも同様に、「快楽は、繰り返しをとおしてその強度を失う」ということを指摘している。ここでも、過剰なことが、「貪欲」を助長させ、新奇性やセンセイションを起こさせ、最終的には、「飽満」を引き起こしてしまうことを説明した。このような社会構造に及ぼす過剰性を、「アノミー」という社会現象のひとつとして描写している。 このように過剰性というものが、文化や社会構造にさまざまな影響を、十九世紀から二十世紀にわたって与えてきたことは確かである。それは、「疎外」と呼ばれたり、「不条理」と呼ばれたり、「倦怠( アンニュイ) 」と呼ばれたりしてきた。けれども、これらにすこしずつ重なりながら、しかももっとも余暇問題の核心をつく言葉で、この点を示したのは、情報論のO.E.クラップである。そして、そこでこのような文化状況をあらわす言葉として選ばれたものは「退屈(boredom) 」というものであった。この言葉は、仏語のアンニュイを輸入することによって、英国の一八世紀にはじめて流行することになり、そして一九世紀には、小説家ディケンズ、ハーディなどの著作を通じて、ひろく社会的な問題となったと彼によって考えられている。そして、さらにクラップの掲げている統計にしたがえば、すこし古くなっていまっているが、一九三一年から、一九六一年までに、退屈の類語が文献に取り上げられる頻度が高まって、「退屈、単調、ルーティン」などの言葉は、二倍半以上使われるようになり、「退屈」という言葉だけとれば、おそらく10倍以上の使用頻度を記録しているであろう、ということである。 問題は、なぜ余暇がこれほど「退屈」なものと考えられるようになってきたのか、ということである。クラップは、レジャー産業の隆盛や流行の現実を指摘しながら、「退屈は金持ちの特権だった。一八世紀から二十世紀のあいだに、それが庶民の特権になったのだ」という認識に到達している。ふつう、退屈というのは、没頭することが見つからずに、有意義な活動がないときに、共通に感ずる状態である。だから、大衆余暇が盛んになればなるほど、人びとが労働から解放され、自由になった時間を余暇活動に当てることになるから、このような退屈ということはより解決されるはずである。 ところが、現代の大衆余暇のなかでは、このような「退屈」という言葉のなかに明らかに変容が起こり、現代ではとくに、二つの意味の「退屈」が分離されるようになってきていると考えられる。ひとつは、古典的な意味での「退屈」である。たとえば、有閑階級が何もすることがないために感ずるような退屈である。クラップの言葉にしたがうならば、「過少負荷(underload) 」と呼ばれる種類のものである。もっとも、孤独で単調な生活が続いて、文化・刺激という負荷が欠乏しているときに、このような病理的な退屈を解決しようとするならば、それは比較的易しいと考えられる。というのも、このような退屈を感ずる人びとは、単に文化的な刺激というものに欠乏しているのであるから、これを充分に与えさえすれば、大半の問題は消滅すると考えられるからである。そして、近代における余暇需要と、レジャー産業との関係は、ほぼこの方向にしたがって行われてきたのである。労働時間短縮によって生ずることになった、余暇時間の大量増大に対しては、その時間を満たすための余暇施設や産業を大量供給すれば、砂地に水を撒くごとくに、自動的に人びとの余暇充足ははかられることになる、というものであった。おそらく、このような認識と方法は、高度経済成長が可能で、なおかつ余暇の考え方が定着している社会では、考えることができるかもしれないが、今日の余暇状況のなかではすべてが誤りとは言えないまでも、その大半は淘汰され、方法の誤りを知らされることになる運命にあるといえる。そして、もうひとつの現代生じつつあるものの多くの「退屈」に対しては、すくなくともこの方法は通用しない。 クラップが指摘したもうひとつの「退屈」は、現代的な意味のものである。あまりに満たされすぎているために、かえって有意義な余暇を過ごすことができない。このため、退屈を感ずることになる。これは、「過剰負荷(overload)」と名付けられた種類のものである。 あまりに余暇活動が過剰に行われるために、余暇の意義を見い出すことができない、ということが起こる。この問題は、古典的な退屈にくらべて、きわめて現代的な問題を生じさせている。近年、日本では余暇開発士、余暇相談員のような制度が設けられたが、これに対して、さまざまな相談が寄せられているという。これらも高齢者が増え、家事時間、労働時間が短くなる結果、過剰に余暇時間が今後創り出されることに対して、ある種の社会的防衛が働いていると解釈できるかもしれない。少なくとも、余暇の過ごし方が分からない、という人びとが現れること自体、まさにこの現代的退屈の存在を示唆する問題なのである。 このような「過剰負荷」と呼ばれる問題は、大衆社会では必然的に起こることなのである。この現象は、大衆化の基本的原理に深く根ざしている。前に述べたように、余暇の大衆化という動きは、基本的には、高級文化が「模倣」する過程と、大衆文化とは異なる高級文化が「創造」される過程とによって、引き起こされることを指摘できる。けれども、この模倣と創造が過度にくり返されると、この高級文化と大衆文化の違いや格差が小さくなり、これらの文化によって人びとの満足が充足される度合いが少なくなる傾向をみせる。 ここで問題なのは、この過剰性という事態が、単に物質的に大量であったり、かかわる大衆が大勢であったり、という通常の大衆性の問題ではなく、それ以上の奥深い点を示唆していることである。つまり、余暇習慣が形勢されるプロセスのなかに、この過剰性のもととなる原因がみられるという点が重要である。ここで形成のプロセスとは、前述の模倣過程と創造過程である。つまり、クラップの考えは、これまでみてきたようなジンメルの考えの延長線上にあると考えることができる。けれども、クラップの判断はこの大衆化が過度に進んだときに、このような現代的な退屈が生ずると考える点で、大衆余暇の新たな局面を示していると解釈できる。 それではここで、どのようにして現代の「退屈」が生まれて来るのだろうか。現代的退屈のひとつは、大衆余暇の模倣過程でおこるものである。あまりにくり返して模倣が行われすぎるために、その「反復」の多さにうんざりするものである。もっとも、余暇活動のなかでも、スポーツの多くの種目にみられるごとく、基礎的な技能を反復して身につけないと、その後の発達の得られないものもある。したがって、すべての「反復」が退屈をもたらすとは決して言うことはできない。また、真の余暇習慣というものは、文芸、園芸、学芸などにみられるように、伝統的な技能の反復による保持のなかに宿る場合が多いと言える。 けれども、かつてフランクフルト学派が「アウラの消滅」という事態で説明したように、今日の余暇産業のなかには、映画、音楽、ゲームなどに代表される複製物の反復を中心に、余暇文化を形成する分野も存在する。このような「反復」を利用した商品の開発も、批評家F.ジェームソンが批判的に指摘したような、パスティシュ(pastiche)あるいはレトロなどという手法によって頻繁に行われるようになってきている。この裏には、あまりにオリジナルなものには集中を処理することができずに、反復によって混雑を解消しなければならないという事情が働いている。このような手法のすべてが影響を与えるわけではないが、このような反復が余暇活動のなかで過剰に行われることになれば、人びとはしだいに消耗し、豊満を感じはじめることになる。小説家チェーホフの短編『退屈な話』のなかで、老教授が毎年同じ話をくり返し、受講者が同じところで笑うことにこの老教授が耐えきれない、というのと同様の状況が、現代の余暇状況のなかで生み出される可能性をもっているのである。 現代的退屈のもうひとつのものは、余暇習慣がつくりだされる過程で生み出されるものである。人びとがひとつの余暇活動に集中し、混雑現象を示すようになり、そしていずれ、その余暇活動が単調なものになり活力を失う衰退期を迎えると、新たな余暇活動が生み出されていくことになる。新たな余暇活動を創りださなければ、人びとの余暇習慣を保持できないという普遍的特徴がある。このようにして、人びとの余暇活動の種類は多様化することになる。まったくの個人的な趣味に始まり、国家の主催する国民的な祭典に至るまで、人びとが実際に参加しうる活動の種類自体が大幅に拡張され、選択可能なものは格段に増大することになる。ところが、新たな余暇活動がつぎつぎに創りだされ、あまりに多くの活動が創造され過ぎるために、この「多様化」という状況のなかで、何がほんとうに自分の求める余暇なのかがわからなくなる。たしかに余暇が大衆層に広く浸透するためには、多様な人びとに合ったさまざまな余暇活動を「創造」されなければならないというのは事実である。しかし、このためにかえってこの創造が過度に発揮されると、この多様なメニューに対して人びとは消化不良をおこしてしまうことになる。 そこでは、多様化があまりに発達しすぎるため、どのような余暇を選択したらよいのかということに迷いが生ずることになる。過度な多様化が、情報の過多を生み、ひいては人びとに混乱、混雑、錯綜を起こさせ、このために「退屈」を感ずる人が多くなることになる。あれもこれも選ぶことができるという状態は、結局何も選ぶことができない、という状態は、結局なにも選ぶことができない、という人びとを生み出してしまう。与えられる情報が多いということは、複雑な選択を強いることになる。この結果、自分にとって、何がほんものの余暇なのか、にせものの余暇なのか、ということを見分ける意欲を削いでいまうことになる。 かつて、ポストモダンの消費文化がもてはやされていたころ、商品開発の手法に、ガジェット(gadget)と呼ばれる方法が使われたことがある。たとえば、ちょっとしたあまり有用でない機能やデザインをつけて製品差別化を行ったり、ちょっとしたからくりを商品化したりするものである。いわゆる「多品種小量生産」と呼ばれるものの多くに使われるようになった手法である。どちらでもよいところでは、多様化を行うことができるが、本質的で決定的に重要なところではその内容を問うことができない。このような仕組みを発達させた時代が過去の日本にあったが、結局多様化を維持することには莫大な費用がかかるために、景気の後退とともに、このような風潮は一掃された経験を、わたしたちは持っている。このような消費文化と同様の事態が余暇習慣のなかにも見ることができる。熱しやすく覚め易いというのが余暇の特徴であるが、これを助長しているのが過度の多様化なのである。 6.余暇の退屈問題はいかに解決されるべきか? それでは、このような「退屈」のいったいなにが問題となるのであろうか。じっさい、余暇それ自体に何か素晴らしいものが含まれていると考えのは、ひとつの幻想でしかない。だから、過剰な余暇を与えられ、それを充分に享受できなくて、退屈を感じ、余暇から疎外される人がでるとしても、それは別に病理的な現象とはいえない。余暇というものがそもそも差異化をすすめ、階級を分化させる性格を本来的に持っている以上、過去の「贅沢な余暇」にくらべて現代にみられる「退屈な余暇」がそれほど本質的に異なることとは思われない。 けれども、やはり問題は、余暇の内容と、そして退屈の性格である。いかに退屈が生み出されるのか、という点に、現代にあっても問題にすべきことが存在すると考えられる。重要なのは、わたしたちが、過度にみられる「反復」と、過度にみられる「多様化」という、二つの対称的な過剰性を取り除くということである。反復過多は、いわばカルト的であり、つまりは「狂信」につながるものである。また、多様性過多はひとつひとつの意味を曖昧にしてしまい、それぞれがジャーゴンのように、「偏屈」に化することになる。つまり、退屈によって、何が問題になっているかといえば、それは過剰性がわたしたちを拘束して、かえって「自由」を奪っているという状況が存在するところである。 「余暇と自由」との関係から、この小論は始まったので、結論もこのテーマで終わりにしたい。余暇と自由について、つぎの三つの関係を指摘したのは、英国の評論家G.K.チェスタトンである。余暇とは、「第一はなにごとかをすること(to do something )を許された状態であり、第二はなにごとをもすること(to do anything)を許された状態である。そして第三は(これがもっとも希少で貴重なのだが)なにごとをもしないこと(to do nothing )を許された状態」である。わたしたちがふつう求める余暇は、第一のものであり、第二のものは、芸術家などに許されるような、より積極的に自己実現を求める余暇である。もし大衆層までもがこの第二の余暇をすべて求めたならば、最終的には過剰の問題は避けられない。ところが、第三に、無為(idleness)という究極の余暇があると、チェスタトンは指摘する。この最後の余暇は第一と第二のものの果てに、到達しうるものである。もしすべての人がこの無為の余暇に到達し、これを受け入れることができるならば、消費社会に生じている問題のほとんどは解決されるであろう。けれども、現在のところは、これは一部の人びとには可能であっても、多くの人びとにはあくまでひとつの理想である。もっとも、理想であるからこそ、ここで追求される価値が出てくるともいえる。この無為という意味を強調するならば、余暇という考え方は、いつでも理想として追求される可能性をもち続けるものといえる。 かつて、退屈とは高貴な病であって、有閑階級のみが特権的に患う事の出来るものであった。チェスタトンが詩人バイロンにならって、「退屈な人間」と「退屈した人間」とを区別したとき、この前者の「退屈な人間」こそ、ありあまる余暇を享受して、「きらめく情熱と厳粛な幸福」をもって「詩的」な資質を発揮しうる種族と考えられたのである。時代変わって、現代の退屈とは過剰によってもたらされる病である。反復過多と多様化過多が余暇の意味を希薄にし、有意義な余暇活動から遠ざけてしまっているのである。さてそこで、わたしたちはチェスタトンの勧めにしたがって、つぎのように言うことができるにすぎない。わたしたちはこれまでも続けてきた長い旅をさらに続ける覚悟が必要である。旅に出て、退屈な余暇を振り払い、すくなくともわたしたち自身の余暇が身につくまで、歩きつづけそれを捜す必要があるのではなかろうか。もしかしたら、かつて持っていた自分の余暇が考えているよりずっと奇妙なものであることがわかるかもしれないし、あるいはまた、それが考えているより案外ずっと素晴らしいものであることに気づくかもしれない。没頭することが見つからずに、そしてさらに過剰な余暇にのめり込んで有意義な余暇を構成できない、という退屈な状況からは、すくなくとも脱してみようではないか。 引用および参考文献
H.アーレント『人間の条件』志水速雄訳 中央公論社 1973 S.リンダー『忙しい有閑階級』江夏健一訳 好学社 1971 T.ヴェブレン『有閑階級の理論』小原敬士訳 岩波文庫 1961 W.ゾンバルト『ブルジョワ』金森誠也訳 中央公論社 1990 W.ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』金森誠也訳 論創社 1987 G.ジンメル『流行( 文化の哲学) 』( ジンメル著作集7)円山修平他訳 白水社 1976 G.ジンメル『橋と扉』( ジンメル著作集12) 酒田健一他訳 白水社 1976 E.デュルケーム『自殺論』宮島喬訳 中央公論社 1968 O.E.クラップ『過剰と退屈』小池和子訳 勁草書房 1988 H.フォスター『反美学 ポストモダンの諸相』室井尚他訳 勁草書房 1987 M.J.ウィーナ『英国産業精神の衰退』原剛訳 勁草書房 1984 ( この小論は、1994年に初稿が書かれ、その後『経済社会の現代』放送大学教育振興会に形を変えて納められた。今回、初稿に大幅に手を入れて、再度制作されたものである。) 1999 年10月1 日提出 Copyright 1999 Sakai |
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