| 同一対象家計における家計構造の長期時系列的変動について (昭和42年から61年に至る20年間の家計記録より) |
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| 目 次 頁 1.はじめに 1 図1−1 経済成長の国際比較 図1−2 経済成長と当家計実収入 2.同一対象家計における長期時系列分析の意義について 図2−1 世帯主コーホート別実収入(昭和42年) 図2−2 世帯主コーホート別実収入(昭和61年) 図2−3 昭和42・62年のコーホート分析 図2−4 同一家計の支出の変動 3.同一家計の長期記録に関する先行研究について 1)多田吉三「家計簿からみた生活の長期変動」 表T (多田吉三)収入の変動 2)横山光子「同一家計における消費構造の変化」 3)後藤和子「K家家計記録の生活史的研究」 4.当家計資料と分析にあたっての問題点 5.分析方法 6.分析結果 T 当家計の内因的、外因的背景について 図4−1 経済変動と家計変動 図4−2 当家計のローン返済額と教育費負担率 表2 世帯主の年齢階級別ローン返済額と教育費負担率 U 収入について Uー1 当家計の収入階級の位置づけ 図5−1 年間収入階級(五分位)の推移 Uー2 「家計調査」勤労者世帯との比較 図5−2 世帯主年齢階級別年間実収入の推移 Uー3 当家計世帯主の賃金推移の内訳について 図5−3 当家計の世帯主収入の推移 V 支出について V−1 消費支出と非消費支出について 図6−1 当家計の消費支出と非消費支出について V−2 費目別構成比の推移について 図6−2 費目構成比の推移 Vー3 消費構造の変化について 表3 手段的消費財・サービスと目的敵消費財・サービス 図7−1−1 勤労者世帯消費構造の変化(財・サービス) 図7−1−2 勤労者世帯消費構造の変化(手段的・目的的) 図7−2−1 当家計年間消費支出(財・サービス) 図7−2−2 当家計年間消費支出(手段的・目的的) Vー4 耐久材の購入状況について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 表ー4 当家計と一般世帯の耐久材の普及率 Vー5 世帯構成員別の配分率の推移について 図8−1 当家計年間実収入と非消費支出の増加推移 図8−2 当家計年間実収入の世帯員別配分推移 図8−3 当家計の世帯員別実質実支出の推移 Vー6 貯蓄について @ 貯蓄性向について 図9−1 貯蓄性向 図9−2 貯蓄額の推移および年収に対する貯蓄累積額 A 貯蓄累積額について 7.考察 T 分析内容の要約 U 分析結果の要因について 8.残された課題 あとがき 注 参考文献 参考図表 資料 資料ー1 当家計の家賃収入 資料ー2 資料分析のための家計分類表 資料ー3 @ 勤労者世帯コーホート別 /当家計年平均一ヶ月の収入と可処分所得 資料ー4 A 勤労者世帯員数別当家計年平均一ヶ月の消費支出 以上 |
(図と表のほとんどのものを、今回の掲載では省略してあります。掲載者注) 放送大学卒業研究 昭和63年度 中 川 英 子 本論で研究対象とした家計資料は、筆者自身の20年間にわたる家計記録から構成されたものである。昭和42年から61年に至る間の日本の社会経済は、高度成長期から低成長期へと移行していく中で、次第に成熟化(消費の量から質、モノからサービスへの移行)の様相が現れてきた時期であった。このような社会経済的背景にあって、当家計もその構造を変化させてきたが、その変化は一義的には当家計に独自の個別的要因が大きく影響したものであった。しかしながらさらにその個別的要因の背景を考えた場合、それは社会経済的要因になされたものである。本論からは社会経済的背景と密接不可分に関わりあって家計行動をおこなってきた一事例家計の姿が明らかになった。 目 次
1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 図1−1 経済成長の国際比較 図1−2 経済成長と当家計実収入 2.同一対象家計における長期時系列分析の意義について・・・・・ 3 図2−1 世帯主コーホート別実収入(昭和42年) 図2−2 世帯主コーホート別実収入(昭和61年) 図2−3 昭和42・62年のコーホート分析 図2−4 同一家計の支出の変動 3.同一家計の長期記録に関する先行研究について・・・・・・・・・・・・ 6 1)多田吉三「家計簿からみた生活の長期変動」 表T (多田吉三)収入の変動 2)横山光子「同一家計における消費構造の変化」 3)後藤和子「K家家計記録の生活史的研究」 4.当家計資料と分析にあたっての問題点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 5.分析方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 6.分析結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 T 当家計の内因的、外因的背景について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 図4−1 経済変動と家計変動 図4−2 当家計のローン返済額と教育費負担率 表2 世帯主の年齢階級別ローン返済額と教育費負担率 U 収入について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22 Uー1 当家計の収入階級の位置づけ 図5−1 年間収入階級(五分位)の推移 Uー2 「家計調査」勤労者世帯との比較 図5−2 世帯主年齢階級別年間実収入の推移 Uー3 当家計世帯主の賃金推移の内訳について 図5−3 当家計の世帯主収入の推移 V 支出について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 V−1 消費支出と非消費支出について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 図6−1 当家計の消費支出と非消費支出について V−2 費目別構成比の推移について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 図6−2 費目構成比の推移 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 Vー3 消費構造の変化について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 表3 手段的消費財・サービスと目的敵消費財・サービス 図7−1−1 勤労者世帯消費構造の変化(財・サービス) 図7−1−2 勤労者世帯消費構造の変化(手段的・目的的) 図7−2−1 当家計年間消費支出(財・サービス) 図7−2−2 当家計年間消費支出(手段的・目的的) Vー4 耐久材の購入状況について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 表ー4 当家計と一般世帯の耐久材の普及率 Vー5 世帯構成員別の配分率の推移について ・・・・・・・・・・・・・44 図8−1 当家計年間実収入と非消費支出の増加推移 図8−2 当家計年間実収入の世帯員別配分推移 図8−3 当家計の世帯員別実質実支出の推移 Vー6 貯蓄について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49 @ 貯蓄性向について 図9−1 貯蓄性向 図9−2 貯蓄額の推移および年収に対する貯蓄累積額 A 貯蓄累積額について 7.考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51 T 分析内容の要約 U 分析結果の要因について 8.残された課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61 あとがき 注 参考文献 参考図表 資料 資料ー1 当家計の家賃収入 資料ー2 資料分析のための家計分類表 資料ー3 @ 勤労者世帯コーホート別 /当家計年平均一ヶ月の収入と可処分所得 資料ー4 A 勤労者世帯員数別当家計年平均一ヶ月の消費支出 以上 1. はじめに 当家計がたどってきた、昭和42年から61年にかけての20年間は、日本の経済が繁栄し、国民の生活も日増しに豊かになっていった時期である。このことは図1−1のように、当家が創設された昭和42年、日本のGNPはイギリス・フランスを追抜き、翌年43年には遂にドイツをも抜いて世界第2位になったということからも明らかであろう。 しかしその当時、国民生活の豊かさの実感は、世界第2位のGNPとは程遠いものであった。事実、国民生活の豊かさを一人当りのGNPで表わすとするならば、この昭和43年の一人当りGNPは1400ドルと、世界第19位でしかなかった(図1−1)。それが、その7年後の昭和50年には5000ドル、さらに、7年後の昭和57年には、福祉国家充実の指標とされる国民一人当りGNPが1万ドルを突破し、国民の生活水準も先進国並になっていった。一家計の生活水準ということを考えてみても、20年前の昭和40年代当初と現在と比較してみると、確かに経済的には豊かになったと実感されるところである。 J.S.ジューゼンベリーが『生活水準の向上は社会の主要目標の一つである(注−1)』と述べていることからも、戦後以来、経済の発展をひたらすら追い求めてきた日本にとって、高度成長真只中からのこの20年間の生活水準の上昇は、必然的なものであったのかもしれない。かの著名なJ.M.ケインズも−先進国の生活水準は、この100年間(2030年まで)に、4〜8倍高まる−と説いた(注−2)が、日本の、この20年間の一人当りのGNPの伸びを、生活水準の向上の指標とするならば、その程度割合いをはるかに越えるものではなかったろうか。図1−2は、日本の経済成長と当家計の実収入を42年=100として20年後の61年を指数化したものである。名目経済成長でみると7倍以上となっているが、当家計も名目収入で8倍以上となっている。 この数字からも確かに、国全体としても、また一家計としても経済的には豊かになったものと考えられる。その豊かさも、近年は『モノからココロへ』というように量的なものから質的なものへ、そのウエイトを移行しつつある。このようなめざましい経済成長の中にあった当家計はこの20年間、どのようにその家計構造を変えながら推移してきたのであろうか。 2. 同一対象家計における長期的時系列分析の意義について 長期にわたる家計構造の推移を長期に渡る家計構造の推移をみようとするとき、最も信頼できる方法は、同一家計を時系列的に観察したものであろう。 個々の選好によってなされた多数の家計行動を統計資料として用いるならば、それは完全に近いものとなろう。しかしその方法には、かなりの困難が予想されることで、実際には総務庁の家計調査の場合ように横断分析法によるのが、その一つの方法である。 横断分析法とは、ある時点で発達段階の異なる多数の家計行動(=横の同時点現象)を縦の同時点現象として読み換えることで、それを以て同一家計の長期的観察の代用とするものである。 例えばモデル世帯を縦に繋ぎ合せて一つのライフサイクルモデルを作ると言ったような場合である。 図2−1〜2は家計調査統計より昭和42・61年の世帯主年齢階級別実収入を60年基準の消費者物価指数でデフレートしたものである。 この二つの図から、各々25〜29歳の家計収入aは20年後の45〜49歳のときにはbとなる。この場合、a´bが年齢効果による変動分となる。しかし、ここではこれが各々一時点における分析であるために、その間20年の、社会変動の影響は全く考慮されてないことになる。 だが、時間的要素を加味できる分析法もある。コーホート(年齢集団)分析法である。例えば、昭和42年から61年の20年間の推移を見ようとするとき、図2ー3のように、42年に、25〜29歳であったコーホートは20年後には、45〜49歳となっていると考えられる。 このことはAの収入がDの収入に推移したことを意味している。この場合、BDが収入の増加分となる。それは、さらにBCとCDに分けられる。BCが年齢効果による増加分、CDが、経済変動による増加分である。このような意味からいうと、収入についてはコーホート分析法は確かに意義があるものと考えられる。 しかし、ここにはA点とB点が同一家計のものでないという決定的な事実がある。このことからBCの年齢効果による増収分には定期的な昇給分の他に、個人的能力加給などの個別的要因によるものが含まれているものと考えられる。 また、同一家計の実支出として考えた場合も、図2ー4のようになるはずである。27歳のときA点でa円だった実支出は、47歳ではD点でd円となっている。この間の実支出の伸びはBDとなるが、やはりこれもBCとCDに分けることが出来る。この内、CDが物価の上昇分となり、BCが世帯発達分を含んだ生活水準の上昇分と言えよう。 以上、述べてきたように、同じコーホートの家計が、外部的影響を一様に受けたとしても内部的影響は収入では年齢効果により、支出では世帯発達を含む生活水準の上昇によるもので明らかに、それらは各々の家計に個別的なものであると考えられる。
家計行動の個別性という点からも、この種の研究は貴重なものだと考えられる。しかしその先行研究は意外に少なく、入手出来たのは以下の3点のみであった。
@ 同一家計における消費構造の歴史的変化注4) A わたしの家庭経済研究 注5)
これら3点の研究は、いずれも同一家計を対象とした、長年にわたる家計記録を基にして分析されたものであり、個々の研究からは、その時代にあった家計の生活史がありありと目に浮かんでくる。 1)の多田氏と、2)の横山氏の研究が、勤労者世帯を対象としているが、殊に横山氏の研究は、自身の家計記録がその対象となっているものである。また3)の後藤氏の研究は、農家世帯を対象としたもので先の研究とは、その収入構造においてかなりの違いがみられる。 これらの研究を、収入と支出の変動部分が何によって推移してきているかという視点でみると、前章2で述べたように、収入の変動部分は、社会経済的要因と年齢効果などの個別的要因によっていたことが、1)の多田氏の研究において明瞭である。例えば表−1は、この世帯主収入の安定期7年間と、激動期7年間を比較したものである。明治43年から、大正6年にかけての7年間は、物価も比較的安定していた時代だというが、その間の世帯主収入の伸びは約1.5倍となっている。 表ー1 収入の変動(1ヶ年当り) ┌────┬──────┬────┐ │ 年 度 │ 世帯主収入 │ 指数 │ ├────┼──────┼────┤ │明治43年│ 482円 │ 100 │ │大正 1 │ 570 │ 114 │ │ 2 │ 639 │ 128 │ │ 3 │ 674 │ 135 │ │ 4 │ 653 │ 131 │ │ 5 │ 734 │ 147 │ │ 6 │ 747 │ 155 │ ├────┼──────┼────┤ │昭和16年│ 4,700円 │ 100 │ │ 17 │ 5,125 │ 110 │ │ 18 │ 7,060 │ 150 │ │ 19 │ 8,225 │ 170 │ │ 20 │ 27,040 │ 575 │ │ 21 │ 17,825 │ 379 │ │ 22 │ 53,473 │ 1,137 │ └────┴──────┴────┘ (資料)多田吉三「家計簿からみた生活の長期変動 一方、昭和16年から22年の、第二次大戦の戦中から戦後にかけては当時の世帯主の日記、「敗戦後、昭和20年に組閣された、片山新内閣によりその政策の一部として物価標準を戦前の65倍に定めたことにより、諸物価が高騰し」にも書かれているように、その物価高騰は前代未聞のものであったという。そして、この時代の7年間に昭和20年の世帯主の退職にもかかわらず、その収入は11倍以上にもなっている。後者が主として社会経済的要因(物価)に、前者が主として年齢効果による定期昇給分などの個人的要因が大きいものと考えられる。また、支出の変動に関しては社会的要因の他に、その個別的要因が深く関わる世帯発達よることが、2)の横山光子氏の長期研究から導き出された@の研究においてみることができる。 図−3がその図である。横山氏は労働科学研究所の最低生活費の消費単位に基ずき、この家計をモデル化することによって統計的消費単位をみたもので、この方法によって質量の変動に応じた家庭経営区分を行っている。ここからは支出の変動が世帯発達と深く関わっていることを読取ることができる。例えば家庭創設期から最もその消費単位が高くなる安定期にかけての間をみると、約8倍の質量の増加を示している。しかもそれは世帯発達とともに拡大している。この世帯発達がその家計の個別的要因と不可分であることは言うまでもないことであろう。 3)の後藤和子氏の研究は先の多田氏や横山氏の研究とは多少異なり一自作農の家計記録から生活史的アプロ−チを試みたものである。そこでは特にその所得構造に焦点を当て、収入の種類や各時期区分の所得構造を明らかにし、そこに社会経済的影響と個別的要因である世帯発達がどのように関わってきたかをみている。 例えばその第2期に設定された大正3年〜6年は、社会経済的には第一次大戦が起り農村経済に一大衝撃を与えた時期であったという。米の価格が低落し、結果、米販収入は第一期(明治41年〜大正2年)より約14%と100円もの減収を示している。これは先の社会経済的要因もさることながら、K家の世帯発達にも起因しているという。 すなわち、K家世帯主の末弟が二人、この間に他出したがそのうち一人に分家に伴う財産分割(土地分与)をしたため農地が減少したこと、また家の中の労働力が減少したことにより養蚕も縮小せざるを得なかったことなどが、先の多大な減少につながったとしている。 K家の場合は自作農で、分家による耕作地の目減りや家族員の減少による労働力の低下が、その収入に影響を与えるというような勤労者世帯にはない特徴をもつが、やはりここでも社会経済要因の他に世帯発達が個別的要因として関わり、その所得構造に大きな影響を与えるものとして捉られている。 以上のべたように、これら三氏の文献からも社会経済的要因の他に個別的要因が家計構造に密接な関わりをもっていることが分かる。そして、長期に渡る家計構造の時系列的変化をみようとするとき、社会経済的要因の中で個別的要因を重ねながら、その家計構造を推移してきたと考えられる同一家計の長期的な記録が重要な意味をもつものと考えらる。 以下その同一家計の長期家計記録を対象にした家計構造の時系列的変化をみてゆくことにする。 4.分析方法および問題点 1.当家計資料の特徴と分析にあたっての問題点 (1)収入について 本論で対象にしようとする資料は、筆者自身の家計簿の記録である。 家計簿の記長期間は昭和42年の家庭創設期から昭和61年に至る20年間である。また近年、複数の世帯員収入がある世帯が増加しつつあるが、この記帳期間中は収入のほとんどが世帯主収入のみのによってきた家計である。また家庭創設期から全く無資産で出発した家計であったが、数年後には自力で住宅地をローンにより入手している。住まいは当初借家であったが、住宅地を購入した翌年、地方で定年退職した両親(世帯主の)と同居するために家を建築した。建築費用は2世帯住居ということもあって、両親と世帯主の折半となった。しかし、土地が世帯主の所有であったため、両親からの建築費は当世帯主の借入れ金として建築費に繰込み、その後15年間に当時の金利計算により家賃として相殺するという形をとった。このため家計簿分析のための計算処理にあたっては、親からの借入金を月毎の財産収入として繰入れ、それを家のローン返済の一部としてゆくという方法をとった。この処理方法によって、当家計の実収入は実質的なものより多少多めになっている。 注7) 以上のような問題点があるものの、先に述べたように当家計は収入のほとんどが世帯主収入で、その世帯主の勤務先の給与明細表が完全に残っていることにより、収入の数値はかなり正確なものとなっている。 (2)支出について 一方、支出についてはその記録となる家計簿が分析の目的をもって記帳さてれきたものではないという点で多少の問題もある。 @費目分類上の問題点 当家計簿の記帳期間の20年間には10数種類の家計簿が使用されている。その家計簿の種類は市販の物から、統計帳に至るまで様々である。結果、家計簿の費目分類は大筋では大差ないものの、一部には統一性を欠くとところもある。しかし当家計簿資料の計算処理にあたっては、総理府統計局の家計調査の分類法 注8)に従い家計簿に記載されているものを品目別にコード化して、パソコンにインプットして処理するという方法をとったため、費目分類は時系列でも統一的なものとなっている。 A費目別内訳の問題点 (1)食費について 当家計が20年間というかなり長期に渡り家計簿記帳を継続することができたのは、品目分類が最も多くその購入頻度も高い食費の項目において米代、給食費以外はほとんどすべて副食費として処理、記帳するという方法を採用してきたことがその大きな要因の一つとして考えられる。家計調査の分類法では、食費には多くの項目分類が詳細になされているが、当家計においては細かなところでの記載漏れを防ぐため、それらを一括して記帳しているためである。 しかし、本論では食費に関しては費目分類までの考察に留めているので直接的に影響はないものと思われる。 (2)その他について その他では食費、交通通信費、教養娯楽費にわたる問題である。当家計簿では交通費を用いて外出し、外食をしたような場合、それは外出費してのみ一括した金額が記帳され、その内訳は不明である。そこでその中に含まれた交通費や外食費は細分して記録せず教養娯楽に計上した。注9) 同じく、家族旅行をしたような場合も、飛行機や新幹線などの特別に高額の交通費の他には細分せず一括、してパック旅行費とし同様に教養娯楽に計上した。以上の点から家計調査の平均的な世帯と比較した場合、当家計は食費、交通費が少なめで、教養娯楽費が多めになるのではないかと考えられる。 さらに食費が少なめになるであろうという一因に、当世帯主のこづかいとの関連がある。逆に当世帯主こづかいを一般世帯主こづかいと比較すると高めとなっている。これは世帯主の勤務先が都心にあり、郊外の住居とはかなり離れたところにある(通勤時間2時間)ということに起因している。このため世帯主のこづかいの4割近くがその食費ために費やされてしまうという事実がある。これにより当世帯の食費が家計調査での平均的な世帯より低めになるものと考えられる。注10) その他項目分類に関して、家計調査の分類が当家計の資料を処理するには詳細すぎると考えられたところは、一括してコード化した。また、必要に応じてコード数(項目)を増やした。(参考図表2) 2.分析方法 当家計簿の分析にあたっては総務庁の「家計調査報告書」の勤労者世帯の資料を比較資料として用いた。具体的には昭和42年から61年までの統計資料を各々の分析目的に合せて再構成するという方法である。例えば収入については、先に述べたようにその年齢効果が重要になるということから、当世帯主年齢に対応した家計調査のコーホートの統計数値をとるー昭和42年当家計世帯主年齢が27歳であれば家計調査からは、42年に25〜29歳のコーホートの統計数値をとる(資料3−1)というようにである。 これによって、家計調査資料がコーホートという難点はあるものの、出来る限り時間的要素を加味したことになると考えられたためである。また支出についても同様にその世帯発達が大きな要因になる考えられたことから、家計調査の世帯員別の統計数値を用いた(資料3−2) 5. 具体的考察方法 以下に述べる方法により当家計構造の時系列的変動についてみてゆきたいと思う。 T. 当家計の外因的内因的背景について [社会経済的背景と世帯発達(住宅ローン教育費など)との関わりについて] U. 収入について Uー1 当家計の位置づけ Uー2 一般勤労者世帯との比較 Uー3 当家計世帯主賃金の推移と内訳 V. 支出について Vー1 消費支出と非消費支出について V−2 費目別構成比推移 V−3 消費構造の変化 (財サービス区分他) V−4 当家計と勤労者世帯の耐久財の普及率 V−5 当家計の世帯構成員別配分率の推移 W. 貯蓄について W−1 貯蓄性向について W−2 貯蓄累積額の推移 5. 考察の為のアプローチ T. 当家計の外因的内因的背景について 図4−1は、当家計のあった昭和42年から61年の経済変動と当家計の実収入の増加率および世帯発達の様子である。 経済成長率が、昭和49年と54年を境に、大きく3層に分けられていることが一目瞭然である。この49年の前年が第一次石油ショックの年で、それまで実質10%以上の経済成長率のあったものが、この年以降、昭和54年の第二次石油ショックまで5%台へと低下し、更に第二次石油ショック以降は、3%台へと低下していることがわかる。 一方物価は、第一次石油ショックの前では年々上昇はしていったものの、その上昇率は一ケタ台であった。しかし第一次石油ショックの年から昭和48〜9年にかけては最も高騰した。特に49年の消費者物価は前年比で24.5%とかつてないほどの上昇率となったことから「狂乱物価」と言われた。その後の物価上昇率は3%台へと低下し、低成長ながら安定していった。 このような、石油ショックというきびしい洗礼を2度も受けた社会経済的環境の中で、当家計の実収入増加率はほぼ経済成長と並行して推移していたことがわかる。 戦後初めてのマイナス経済成長(ー0・4%)を示した昭和49年にあたっても当家計収入は、30%を越える増加率で、狂乱物価と言われた消費者物価上昇率24.5%を差引いても、実質の目減りは数字上では免れている。 しかし人々の生活実感はそれとは程遠いものであった。物価が異常に高くなるという不安感の中、石油も不足するのではないかという危機感から物不足パニックが起こった。人々は日用品特にトイレットペ−パ−・洗剤などを買い急ぎ、パニックがパニックを呼んだ形となり、その混乱状態はしばらく続いた。当時、当家計でも、物不足パニックに同調して、買いだめることは敢えてしないでいたところ、実際、日用品を切らして買いに行った時には、それらの品が店先に全く無く、あわてたという経験をしている。因みにこの年の春闘ベ−スアップは前年比32.9%であった。この数字からすれば、当家計の収入の上昇率30%程度は、当時平均的であったことを示している。 このように当家計は狂乱物価と言われた物価危機のときもかろうじて乗切り、全般的には物価の上昇をかなり上回る形で、その収入を増加させてきたということがわかる。世帯発達とのかかわりあいについては、家計にとって、大きな支出となる住居の購入と教育費についてみてゆきたいと思う。 昭和45年家計創設後3年目に土地をローンで購入し翌年家を建てることになったが、この頃既に物価は4〜8%上昇していった頃である。この先まだまだ物価が上昇してゆくであろうことを予想した人々が大半であった。このような中で民営家賃の値上がりも例外ではなく、当時の当家計でも借家家賃の値上がりや、将来の物価の値上がり(借金の実質的目減り)を見越して、それまでのわずかな貯えをすべて叩いてローンの頭金とした。この当時の住宅ローンの金利は9%を越すものであった。 しかし、この時期に家をローンで建てた人々の多くがそうであったように、当家計もその後さらに続いた物価高騰により、逆にインフレの旨みを幸運にも利用出来たといえるではないだろうか(そしてこのことは当世帯主と同じコーホートに共通することであるという。注11) 図4−2は、それのことを証明している。ローンの年間返済額がその年の可処分所得の何%に当たっているかをみたものである。棒グラフは可処分所得を46年を100として表したもので、折線グラフはその内のロ−ン返済額の割合である。 ローン返済の1〜2年は可処分所得の3割を越してその負担感がかなり大きかったが、第一次石油ショックの頃から急に2割以下となり、その後第二次石油ショックの頃には1割程度と低下している。 一方、可処分所得の伸びは年齢効果や社会経済的要因により、名目でローン返済当時の6倍にもなり結果的に、先のようなローンの実質的目減りが起こったという訳である。 しかし表−2のとうり勤労者のローンの負担率が30〜39歳のコーホートで5.7%であるのに対し、当家計では同世帯主年齢のとき20%を越えていて、ローンの実質的目減りが大きかった割にはかなり苦しい経済状態であったことがこの表からもわかる。 表ー2 世帯主の年齢階級別ローン教育費負担率
┌──────┬───────┬───────────┐ │ │ 住宅ローン │ 住宅ローン+教育費 │ │ 世帯主 │ 負担率 │ 負担率 │ │ ├───┬───┼─────┬─────┤ │ 年齢階級 │勤労者│当家計│ 勤労者 │ 当家計 │ │ │ 世帯 │ │ 世帯 │ │ ├──────┼───┼───┼─────┼─────┤ │ 〜29歳 │ 0.2 │ - │ 3.2 │ - │ │ 30〜39 │ 5.7 │ 20.1 │ 8.3 │ 22.1 │ │ (31〜39) │ │ │ │ │ │ 40〜49 │ 6.3 │ 10.5 │ 13.4 │ 15.0 │ │ (40〜45) │ │ │ │ │ │ 50〜59 │ 5.1 │ - │ 11.9 │ - │ │ 60〜 │ 2.1 │ - │ 4.0 │ - │ │ │ │ │ │ │ │ 平 均 │ 5.3 │ 6.1 │ 10.4 │ - │ └──────┴───┴───┴─────┴─────┘ 注: 世帯主年齢階級の( )内の数字は当家計の世帯主年齢 資料:総務庁「家計調査年報」1986年 またもう一本の柱である教育費との兼合いについても同様の傾向がみられる。勤労者世帯のローンと教育費の30〜39歳の合計負担率は、8.3%であるのに対して、当家計の30〜39歳の合計負担率は22.1%となっていて、その割合はかなり高い。この時期に住宅ローンや教育費の負担が、当家計の重圧になっていることは明らかである。しかし40〜49歳で勤労者世帯の平均負担率が13.4%とそれ以前よりかなり高くなるのに対して、当家計ではそれとは逆に15.0%にまで減少している。同時にその後は30歳から15年間支払ってきたローンも完済し、以後ますます比重が重くなってゆくことが予想される教育費のみの負担率となる。 U.収入について Uー1 当世帯の収入階級上の位置づけ 図5−1は家計調査の全世帯年齢階級別世帯主収入を収入階級の推移で表したものと、同じく当家計の収入階級の推移を表し比較したものである。全世帯では39才と40才を境に五分位階級別でV分位からW分位へシフトしている。しかし当家計では33才から34才にW分位からX分位へシフトしている。 以上のことから、当家計の収入は全世帯の収入よりも多少高い水準にあったこと、また一段上の収入階級へのシフトの時期も早かったことがわかる。 Uー1 勤労者世帯との比較 図5−2は昭和42年から61年に至る間の当家計と家計調査の世帯主年齢階級別コ−ホ−トの年平均一ケ月の実収入を比較したものである。 一見して当家計の実収入が勤労者世帯の実収入を上回って推移していることが分かる。さらに勤労者世帯の実収入の推移を指数化してみると、昭和42年を100とした場合、20年後の昭和61年には514であるのに対して、当家計の場合は733となっている。収入の増加率においても勤労者世帯の同コ−ホ−トよりかなり上回っていることがわかる。 これを当家計の実収入の大部分を占める世帯主賃金で詳しくみてゆきたい。 まず、当家計の世帯主名目賃金を昭和42年=100として指数化すると、61年には1104で約11倍になっている。この上昇率は何によってもたらされたのであろうか。 「労働者」の「賃金基本統計調査」からコ−ホ−ト分析法により昭和42年から61年に至る勤労者賃金のベ−スアップ分と、年齢上昇分を、やはり42年を100として指数化すると、61年にはベースアップ分で976となる。これに年齢上昇分をさらにプラスすると983となっている。一方消費者物価指数はやはり昭和42年を100とした場合、61年には323となる。つまりこの20年間に物価は約3倍になったわけで、この物価上昇分を割引いた勤労者の実質賃金は約2倍ということになる。 当家計の場合、その賃金は一般勤労者賃金の上昇率より前半(27〜37才)は低かったが、後半(38〜47才)はそれを徐々に上回って41才ごろからはさらに急上昇してきている。これはベースアップや定期上昇分に、個別的要因が影響しているためだと考えられる。 V. 支出について Vー1 消費支出と非消費支出の推移について (対可処分所得) 図6ー1は、当家計の消費支出(実額)を非消費支出(可処分所得に対する割合)との関係でみたものである。これによると可処分所得が昭和42年の48万円から61年に705万円で、この間の収入増は約15倍近くにもなっている。 そのうち、非消費支出も6%から20%近くにまで伸びている。この非消費支出の増加によって可処分所得の目減りはあったものの、その絶対額ではその間の収入の伸びが大きかったため、物価上昇分を差し引いても、かなりの増加を示している。 次に消費支出もその収入増と共に全体的に順調な伸びを示しているが、それは5〜6年おきに前年より上昇し、その後安定的に推移するという比較較的定まったパターン(昭和43年〜48年、49年〜53年、54年〜59年、60年以降)を示していることがわかる。 また、可処分所得との関係についても、この20年間に昭和54年と59年、61年に消費支出が可処分所得を上回っていたことがわかり、これらの年に貯金の目減りが大きかったことがわかる。 非消費支出は主に社会保障費と税金に分けられるが、その間、税金では最も少なかった年が昭和43年で49%、また最も多かった年が61年の68%となっている。全体的な非消費支出割合の増加と共に、その中での税金の増加が目立っていることがわかる。 Vー2 費目別構成比の推移について 図6ー2は当家計の世帯員数に時系列で対応させた家計調査、勤労者世帯の世帯員別の年平均一ケ月の費目構成比と、同じく当家計の構成比である。エンゲル係数(食費の消費支出に対する割合)は生活水準の向上と共に低くなってゆくというのがエンゲルの法則である。確かに勤労者世帯ではそれがこの20年間に30数%から26〜7%へと下がって、その法則が妥当していることがわかる。それに対して当家計のエンゲル係数は13%から25%の間を上下して漸減的にはなっていない。また食費の割合自体も勤労者世帯よりも比較的低くなっている。 食費の割合が一般世帯より低いのは、先にのべた世帯主こづかいとの関係もあるが、その他に当家計管理の仕方にもその一因が考えられる。つまり当家計においては月々の支出配分を決める場合、収入の中からまず固定的支出(公共料金や教育費など)を確保したあとで、残った予算で食費をやりくりしてゆくという家計管理方法をおこなっていたことである。 また昭和54年、特にエンゲル係数が急激に下がっているが、住居費をみると逆にその割合いが高くなっている。これは当家計がこの年に家の改築を行い、その費用がその年の消費支出の50%にもなったためである。そしてこれはその他の費目すべてにいえることで、この昭和54年、住居費以外の費目はすべて相対的に低くなっている。 しかしながら、収入増があった中でエンゲル係数の増減は一定範囲内 であったので、世帯員が増加していることも考察すると大筋で生活水準 の上昇は認められるものと考えられる。 その他、当家計の個別的事情を含みながらも、勤労者世帯との乖離が少ない費目は住居費、水道光熱費、被服履物費、交通通信費などである。しかながらそれぞれの費目においても勤労者世帯とは多少異なったカーブを描いている。 そのうち住居費でその乖離幅が大きかった年は家庭創設期の昭和43年から45年までで、これは民営家賃が大きな比重を占めていたことによる。また前述のように昭和54年も家を改築したことにより乖離幅が大きくなっている。 また水道光熱費は家庭創設期から第一次石油ショックの頃まで相対的にその比重が大きかったことを示している。 被服費の割合は次女以降の子供が小学校入学前までは、かなり勤労者世帯より低くなっているが、それ以降は急激に高くなっている。これは子供が小さいうちは手作りの服が多かったのが、それ以降は既製服を購入する割合いが多くっていることによる。逆に生地材料費はその割合いを減少させているのである。 また交通通信費も昭和50年と60年に勤労者世帯との乖離幅が特に大きい。これは昭和50年に初めて乗用車を購入したこと、10年乗りつづけて60年に買い換えをしたことによる大型の支出のためである。その他、勤労者世帯との乖離幅が大きいものに家具家事用品がある。勤労者世帯が5〜10%のあいだで漸減支出であるのに対して、当家計では漸減的でありながらも、そこには大きな波が繰返されている。 これは当家計の場合、家具家事用品のうち特に家事用耐久財などの比較的大型の支出が数年おきに繰返されてきたことを示している。それでも時系列でみると漸減的なのは、購入してきた品々が蓄積されてきたことにより新たに購入することが次第に少なくなり、結果的には他の費目に対する割合いが少なくなってきたためだと考えられる。 また、特に当家計の個別的事情が乖離幅を大きくしていると思われるものに保険衛生費、教育費、教養娯楽費などがある。そのうち保険衛生は4つの大きなピークがある。前3つのピークは出産費用、残りの1つのピークが家族員の入院によるものである。 また、教育費は子供の成長と共に漸次増加してゆき教育娯楽費は5〜10%の範囲で増減を繰返しながらも全体としては増加傾向にある。 ただし雑費は勤労者世帯が25〜26%でずっと推移しているのに対して1〜2の例外を除いては35%を越えて、その乖離幅はかなり大きなものとなっている。これはひとつには先に述べた世帯主のこづかいの個別的要因にもよるが、ほかに当家計が両親の世帯と家計を独立させながらも、長男世帯であることにより親戚関係などの交際費部分が通常の世帯よりも多めであったという個別的要因もそこには考えられる。 以上のことからは、勤労者世帯の費目別構成比推移と当家計のそれを比較した場合、前者が平均値であるということから複数の家計の個々の事情も平均化されてしまうが、実際には一家計は、かなり個別的要因に影響されて支出費目の配分を行っていることがわかる。 Vー3.消費構造の変化について もう一つ消費構造の変化を分析するのに最近、その傾向が顕著になってきた方法に、消費支出内訳を、財とサービス、手段的消費と目的的消費とに分ける方法がある。その主な品目分類は表3の通りである。 表3 手段敵消費財・サービスと目的敵消費財・サービス ┌─┬─────────────┬────────────┐ │ │ 財 │ サービス │ ├─┼─────────────┼────────────┤ │ │食費(除一般外食、設備材料│学校給食、家賃地代、工事その他│ │ │光熱・水道、家庭用耐久材、 │ のサービス、保険医療サービス │ │手│室内装飾品、寝具類、 │家事サービス、被服関連サービス│ │段│家事雑貨、家事用消耗品、 │交通・自動車整備費、他の自動車│ │的│被服および履き物(除被服関│関連サービス、自動車保険料、駐│ │消│サービス)、医薬品、保険医│車場借料、通信、授業料費(除く│ │費│療用品、器具、自動車関係費│大学)、補修教育、教養娯楽用耐│ │ │除駐車場借料等)、教科書 │久材修理代、理美容サービス、身│ │ │学習参考書、文房具、理日用│の回り品修理代、その他(信仰費│ │ │身の回り用品(除修理代、喫煙具) │ ├─┼─────────────┼────────────┤ │目│教養娯楽用耐久材(除修理代│一般外食、大学授業料、 │ │的│教養娯楽用品(除修理代、文房具)│教養娯楽サービス │ │的│書籍、他の印刷物、喫煙具 │ │ │消│ │ │ │費│ │ │ │ │ │ │ └─┴─────────────┴────────────┘ 備考:総務庁「家計調査年報」による。 (こずかい、交際費、贈与品、つきあい費、負担金、仕送り金を除く) 出典:経済企画庁「時間と消費の予測シナリオ」 ダイヤモンド社 P130 1987 消費は財の消費とサービスの消費からなっており、それには消費することによる空間的制約と時間的制約という点で両者には大きな差がある。財を消費する場合は、それを保有することで空間的制約を伴う。 例えば、タンスという財を購入すれば置き場所という空間的制約があるし、旅行というサービスを購入すれば、旅行に費やすための時間的制約があるというようにである。また消費は欲求充足のために行われるもので、その欲求は一つには生きる手段に、もう一つは生きる目的に基づくものである。“注12) 以上が消費構造の変化をみるための考え方の一つであるが、このように分類される消費構造の変化が、日本がこの20年の間に高度成長から低成長へと経済が移行してゆく中で確かに現れてきたという。 かって、W.Wロストウが述べた注13)ように、「経済の発達により国民生活が向上発展してゆくとして、その最も成熟した段階としての大衆消費時代」を説いたが、まさに昭和30年代から40年代にかけての日本経済がその時期にあたっていた。さらにW.Wロストウは、その大衆消費時代においては、次第に経済の型が耐久財とか、サービスなどを中心とするものに変わってゆくと述べているが、まさに、当家計のあったこの20年間がこの時期にあたっていた。 表3は財、サービス区分と目的的、手段的区分の主なものである。 図7ー1ー1は、全国全世帯の昭和40年代から61年にかけての消費の財、サービス割合の推移をみたものである。ここでは、財の減少(75→65%へ)とサービスの増加(25→35%へ)をみることができる。 さらに図7ー1ー2のように、この財、サービスを手段的消費と目的的消費に分けてみると、手段的な消費から目的的な消費への移行が徐々になされていっていることがわかる。 このことは、かつてJ・Mケインズがその小論文 注14)で述べているように、人間のニーズに絶対的ニーズと相対的ニーズの2つがあり、相対的ニーズは全般の水準が高まれば高まるほどいっそう高くなるが、絶対的ニーズについてはそれが当てはまらないとしたことと対応しているものと考えられる。この場合、相対的ニーズが目的的消費にあたり、絶対的ニーズが手段的消費ということになる。 また図7ー1ー2では、手段的消費の中でもサービスの割合が増えてきたが、一方、やはり目的的消費の中でもサービス消費の割合が特に増加していることがわかる。このことは近年目立って増えてきた旅行や、カルチャーセンター、外食等の例をみても明らかである。 図7ー2ー1〜2は当家計の財・サービス区分である。この財、サービス、目的的・手段的区分の詳細は、別表のとおりである。ここでは、財からサービスへの傾向は顕著ではない。しかし本来サービス消費には時間的制約を伴うということから考え、当家計の個別的要因を考慮した時間的余裕という観点から(特別の年を除いて)−注15 つないでみると点線のような一連の傾向が出てくる。そのサービスの割合は、第一子が乳幼児期の42.5%をピークに第二子乳幼児期に最も低い27.5%となっている。 これは第一子のみのときに比較的、家族の時間的余裕があったことを反映してサービス消費が多く、第二子が乳幼児の頃に、その余裕が最も少なかったためだと考えられる。しかし、第三子の頃になると上の二人の子どもとの関連も含めて返って時間的余裕が増えてきて、幼稚園、小学校低学年から高学年の頃までには次第にサービス消費の割合が増えていったものと考えられる。 また図7ー2ー2は当家計の消費構造の変化である。ここでも明らかに手段的消費から目的的消費へ、そのウエイトを移行させてきているのがわかる。しかし、手段的サービス消費は、一般世帯とは逆に減少してきている。これは、先にのべたように、サービス消費は、本来なら時間的制約が問題となるが、手段的サービス消費の場合はその一例である家事代行サービスのように代価を支払ってそれを購入すればその分、家事に費やす時間は、節約されるという特徴を持つことによるものである。近年、主婦の社会進出が目ざましい中、コストをより多く支払ってでも、家事サービスの拘束時間を節約しようと家事の外部化が行われた結果、一般的には手段的サービス消費が増加してきているもと考えられる。しかし、当家計においては専業主婦であったため、、比較的家事サービス外部化は少なく、むしろ減少傾向を示している。一方、目的的サービス消費の増加傾向は一般世帯より顕著で、当家計の経済的時間的余裕が世帯発達とともに近年になって特に増加していることがわかる。 Vー4.耐久財の購入状況について 表4は、当家計における耐久消費財の購入状況を表にしたものである。昭和60年現在、当家計が保有している主な耐久財をあげて、一般の普及率(40〜49才のコーホート)をみたものと、各々の耐久財の初購入時に逆のぼり、その時点での一般普及率を一覧表にしたものである。 これらから一覧してわかるとおり、初購入年の一般普及率が世帯主の加齢に反比例する形で低くなっているということである。 これは、世帯発達するのに従って、一般に普及している財から、まだそれほど普及していない財への移行が行われていることになり、ここでは必需財から選択財への移行がみられる。例えば、冷蔵庫は初購入年時に、その一般普及率が78%で、それが必需的なものであったことを示している。一方、53年に購入したビデオはわずか1.3%で、それが選択的であったことを示している。このことは、昭和60年現在の世帯主年齢階級別普及率との対応した場合についても言える。例えば43年初購入の洗濯機は昭和60年現在で、当世帯主と同じコーホートの普及率は97%であるが59年初購入の電子オルガンは60年現在の同コーホートでは、わずか20%である。 表4 当家計と一般世帯の耐久材の普及率 ┌────────┬─────────┬─────────┐ │ │ 昭和60年現在 │ 当家計初購入時 │ │ ├─────────┼────┬────┤ │ 耐 久 材 │世帯主年齢階級別 │ │ 一 般 │ │ │ 普及率(%) │初購入年│ 普及率 │ │ │ 40〜49歳 │ │ (%) │ ├────────┼─────────┼────┼────┤ │ 冷蔵庫 │ 97% │S43年│ 78% │ │ 洗濯機 │ 97 │ 43 │ 85 │ │ 電気こたつ │ 92 │ 43 │ 75 │ │ 石油ストーブ │ 85 │ 43 │ 63 │ │ カメラ │ 90 │ 43 │ 60 │ │ カラーテレビ │ 99 │ 46 │ 26 │ │ 電気掃除機 │ 98 │ 46 │ 68 │ │ ステレオ │ 64 │ 48 │ 44 │ │ 食堂セット │ 68 │ 48 │ 38 │ │ 乗用車 │ 72 │ 49 │ 40 │ │ ラジカセ │ 85 │ 51 │ 55 │ │ エアコン(冷房 │ 30 │ 52 │ 29 │ │ ビデオ │ 30 │ 53 │ 1.3 │ │ 太陽熱温水器 │ 12 │ 58 │ 9.2 │ │ 電子オルガン │ 20 │ 59 │ 0.9 │ │ エアコン(冷暖 │ 17 │ 60 │ 17 │ │ * 家 │ 72 │ 46 │ 51 │ └────────┴─────────┴────┴────┘ 注) * 持ち家について ** 昭和60年現在の世帯主年齢会級別(40〜49歳)クロスセクションによる。 資料 経済企画庁「消費動向調査」(昭和43〜60年) 以上のことから、明らかに当家計の耐久財の購入の仕方について普及率の高いものから低いものへの移行が行われてきたことがわかる。またそれがここでは耐久財では冷蔵庫からビデオへ、洗濯機から電子オルガンへというように必需的財から選択的財へ、換言すれば手段的財から目的的財への移行が次第に行われてきていることになる。 このことは、この表にはないが、61〜62年にかけて当家計が初購入していった耐久財が、コーヒーメーカーやホットプレートなどの小型の電気機器で、これらは生活をするためというより、むしろ生活を楽しむための財であったということからも言えるのではないだろうか。 以上、消費構造について物的な面から、その変動の仕方をみてきたが、これらの変動が世帯発達、特に当家計の個別的要因と深く関わって推移してきたことがわかる。さらにこの他にも一家計としては当然世帯発達による世帯員の増加と、それに伴う消費支出の配分の問題が考えられる。 Vー4.世帯構成員別の配分率の推移について 図8ー1は当家計の年間実収入の増加推移を指数化し、消費者物価指数でデフレートしたものである(いづれも42年=100とする) この実収入の実質化により、昭和42年を基準とした場合、どれだけ収入が上昇していったかは、その指数をみることによって把握できる。 実収入には税金や社会保障費などの非消費支出が含まれているが、その部分を差引いた残りが可処分所得といわれる。本来であればこの可処分所得が家計の実質的な収入をみる際には問題となるところである。 図6ー1で非消費支出についてはのべたが、図中の非消費支出の割合は実収入に対するものである。当家計ではそれが最初の数年間10%に満たなかったものが、10%から15%へ、さらに最近は約20%にまで達するようになってきている。 このことは、逆に可処分所得の割合いが徐々に減ってきていることを示しているが、その絶対額では図でみるとおり漸増しているのがわかる。以上のことからここでは、世帯員間配分が問題となる性格上、非消費支出が、世帯共有のものとして支出しているという観点から敢えて世帯員共有のものとして可処分所得でなく、非消費支出も含む実収入を基準とした。 そこで図8ー2は、実収入に占める消費支出を各世帯員の配分率で表わしたものである。世帯発達により世帯員が増加することによって、どのようにその配分が変化したかをみると、当然子ども数の増加により、子ども達へのウエイトが増えていっていることが、この図から明らかである。 昭和42年、子どもへの支出割合が1%(新生児準備品)に満たなかったものが、多少の増減を繰り返しながらも全体的には増加してゆき、61年には、25%にまでなっている。 一方、世帯員の共有支出部分は、昭和42年に8割以上であったものが、61年には5割を切るほどになっているのである。しかし、全体的には共有支出部分は全体の半分以上を占めて、安定的である。そして、共有部分と、子どもの部分の配分は、互いに、ほぼ相補的な関係にあることが図中の折れ線の推移の仕方によってわかる。 また世帯主の配分率は、ほぼ全体の2割前後で一定である。これは月々の世帯主のこづかいは定額であるが、収入の増加に伴って、ほぼ同率で増加していったことによっている。 それに対し妻の配分率は、1〜11%まちまちで、妻が家計管理者として自分への配分を、他の世帯員との関係で調整的に行っていたということを示していると考えられる。 以上が世帯員間の配分の推移である。それではその世帯員各々の消費支出額の推移はどうなっているのであろうか。 図8−3は世帯員別の実質実支出学を昭和42年を100とした指数で表したものである。 昭和42年から61年の20年間に、、子どもたちへの配分合計は、100〜14、650で140倍、世帯主は9.4倍、妻はその間、不規則な配分で推移しながらも昭和61年には35倍となっていて、それぞれかなりの伸びを示している。反対に世帯全体の共有部分は100から348と約3.5倍の伸びで、他の世帯員配分率に比べて小さくなっている。しかし、これはここで基準の年とした昭和42年が、当世帯の創造年であったため、家具家事用品などの大型耐久材の支出がまとめてされたことにもよるものと考えられる。 以上からいえることは、この20年間、当家計では実質2倍もの実収入の増加があった。その間、世帯員が増加していくことによって、子どもへの配分率は全体の4分の1を占めるまでになった。その分、世帯全体としての共有部分の配分率は減ることになったが、収入の絶対額が2倍になったことで、全体的には、生活水準を上昇させながら推移してきたとを示しているものと考えられる。 Vー6 貯蓄について @ 貯蓄性向について 貯蓄と消費は互いに補完的な関係にある。貯蓄が出来るから豊かになったとも言えるし、反対に消費が多くなったから豊かだとも言える。 しかし、通常は生活が苦しければ貯蓄は消費に回されるであろうし、生活にゆとりがあれば、無制限に消費するじとなく、一部を貯蓄に回すことになるであろう。 J.M.ケインズの「絶対所得仮説」では貯蓄性向は絶対所得に依存して決まる注16)と考えられ、所得の向上とともに貯蓄性向は高くなるとされた。この仮説に対して「相対所得仮説」を唱えたJ.S.デューゼンベリはクロスセクションデータでは、ケインズの説が妥当するかもしれないが、時間の変化を含めたタイムシリーズデータでは妥当しないとし他。つまり所得と消費のノーマルな関係は長期の消費や所得にこそ現れるもので、社会の平均消費性向は長期に一定であるとしている。 図9−1は家計調査(世帯員別)の勤労者世帯の貯蓄性向から、タイムシリーズデータを作成したものである。貯蓄性向は20%前後とほぼ一定で、J.S.デューゼンベリーの説を実証した形になっている。 それと対比したのが当家計である。これもやはり一家計のものという点で、個別的要因に影響されて、貯蓄性向の推移の仕方にはかなりのバラツキがある。しかし、時系列平均で平均消費性向みると、勤労者世帯が21.3%であるのに対して当家計は21.7%と、その差はわずか0.4%と少なく、ほぼ同様の数値を示していることがわかる。 A 貯蓄累積額について 次に貯蓄累積額ではどうであろうか。年収の何割の貯蓄があるかということで、生活の豊かさ(安定度)を推測する場合がある。 図9−2は世帯主の勤務先年間収入を100として隔年の貯蓄の累積額をグラフにしたものである。昭和42年に年収の1割近くであった貯蓄累積額は、20年後の61年には年収の2倍近くにまでなっている。また図中の折れ線は、当家計の収入階級に対応した全国勤労者世帯の貯蓄現在高をタイムシリーズでとったものである。昭和42年の当家計の収入階級は「家計調査」収入階級五分位中のW階級、貯蓄累積額は年収の約90%であった。それが20年後の61年には160%という数字を示している。 しかし時系列平均でみた場合は、勤労者世帯の平均が122.5%であるのに対して、当家計は112.2%となっていて、当家計が際立って高い貯蓄累積額ではなかったことがわかる。 7.結果 以上が当家計の20年間の家計構造の変動であった。 その主なものをまとめると以下のようになる。 T.分析内容の要約
@ 同コーホートの全世帯の収入階級は五分位階級では39歳から 40歳を境にV階級からW階級へ移行している。しかし当家計ではそれが33歳から34歳を境にW階級からX階級に移行してい る。(図5−1) A 同コーホートの勤労者世帯1ヶ月当りの実収入の上昇率はこの 20年間で約5倍、当家計は約7倍となっている。しかもその実 収入の推移の仕方は、時系列でも一貫して勤労者世帯の実収入を上回っている。(図ー2) B 当世帯主の名目賃金の上昇率は、この20年間で勤労者世帯よ りも前半(37歳位まで)は低く、後半は高くなっている。その 内訳みると、物価はこの間約3倍上昇している。それに対して、賃金労働者のベースアップ分を同コーホートの平均値でみると、9.76倍、これに定期昇給分の平均値を加えると合計で9.3 8倍となる。そして後半の上昇分が平均値より上回った分(1. 21倍)が当世帯主の個別的要因による上昇率となるものと考えられる。
@ 消費支出と非消費支出についての推移については、この20年間 にほぼ7%から20%にまで上昇し、その分可処分所得の割合は減 少した。しかしその絶対額では物価上昇分を差し引いても、むしろ 上昇している。また消費支出は5年毎に上昇するが、その後は安定 的に推移するという、比較的定型的なパターンを示している。 (図6−1) A 費目別構成比の推移では当家計の場合、各々の費目の構成比が勤 労者世帯の平均値とは異なり、かなり不規則な波形を示している。 特に一般世帯との乖離が大きいものに食費、被服・履き物、交通・ 通信、雑費などがある。(図6−2) B 社会経済の中で、消費の構造が財からサービスへ、手段的から目 的的な消費の仕方へと移行していく中で、当家計の消費構造にもこ のような変化が見られた。この変化は当家計の個別的要因を時間的 要因として置き換えた結果、出てきたものである。しかし手段敵サ ービスに就いては当家計の妻が世の中の趨勢とは逆行する形で専業 主婦の無職であったことによって、その割合は反対に低くなってい る。(図7−1−2) C 当家計の耐久材の初購入品は時系列でみた場合、同じ年の勤労者 世帯や、同コーホート世帯の普及率と比較して”普及率の高いもの から低いもの”へ=”必需的性格の強いものから選択的性格の強い もの”への移行がはっきりとみられた。(表W) D 世帯員別の配分比をみたものでは、家族共有部分は50%を切る ことは時系列でもほとんど無いが、当家計創設当初からの20年間 の推移では漸減敵である。反対に子どもへの配分比は、子どもの数 の増加や成長に伴って多くなっているが、その割合は全体に4分の 1に留まっている。また家族共有部分と子どもへの配分比は互いに 相補的な関係を示している。一方、世帯主への配分はほぼ安定に推 移している。しかし妻への配分比は時系列では漸増的ながら、それ ぞれの年によって高低の大きなものとなっている。また個別に配分 された推移を実質実支出額でみると、最も変動の大きかったのが子 どもへの配分で昭和42年の約140倍、世帯主は比較的安定的に 推移しながらも約9.4倍、妻はバラバラの変動幅を示し、最も変 動が少なかったのが家族共有部分となっていた。(図8−3) E 貯蓄性向はマイナス17%から44%と各年まちまちであるが、 全体的には貯蓄性向が低いところから高いところへと、数年から5 年感覚で波をなしている。しかし時系列で平均した平均貯蓄性向は 勤労者世帯が21.3%、当家計が21.7%とほぼ同様な傾向が みられた。(図9−1) F 貯蓄累積額では当家計の創設当初、可処分所得の1割程度であっ たものが、この20年間に2倍程度にまで増加している。ちなみに 全国勤労者世帯の貯蓄累積額は時系列平均で可処分所得の122.5%、当家計では112.2%となっている。 U 分析結果の要因について 以上、当家計構造の時系列の変動について、さまざまな角度からその分析を試みてきた。結果からみると当家計の家計構造は一時点では、そのほとんどが家計調査などの統計データの数字とは大きな乖離を示すものであった。しかし、時系列で平均した値では統計データである勤労者世帯の数値と近似値を示していた。 以下その要因について、家計の個別的要因(内因性)がその家計構造の変動に対して、どのようにかかわってきたのかを検討していきたい。 1. 内因性 @ なぜ収入が勤労者世帯の平均値より上回っていたかについて a 参考図表ー1は労働者の年間労働時間と所定外労働時間の推移を みたものである。昭和42年から61年にかけての総労働時間は、 2300時間から2100時間をきるほどまでに減少してきている。 一方、所定外労働時間はその間に200時間を少し超えたところか ら、180時間に減少してきている(総労働時間の約10%)程度 で、所定内労働時間ほどには減少してきていない。このことは当家計の世帯主の時間外勤務手当ての世帯主収入に対する割合からみて も言えることで、長期出張(外国勤務地での給与支払分)などで時 間外勤務手当てが少なかった年を除いては、ほぼ20%前後を維持してきている。そしてこの時間外勤務手当ての割合がほぼ時間外労 働時間に比例するとすれば、当家計の世帯主の所定外労働時間は平 均的労働者より10%前後多いことになる。これが平均的労働者よりも多少収入が多かった要因だと考えられる。 b(参考図表ー2)から労働者の賃金格差は年齢や勤続年数(=年功 賃金制)の他に、性別(女性よりも男性)においても、学歴(同コ ーホートの大学進学率は約1割程度)においても比較的優位であったことが、その一因になっていたものと考えられる。 c その他、前述した(4章注ー6)のように、借金を財産収入とし て処理した結果、収入が多めになっていたこともその一因として考 えられる。 A なぜ支出がこのような変動推移を示したのかについて 消費支出と非消費支出について a 当家計の消費支出が5年毎に大きく上昇して、その後安定してい くというほぼ定型的なパターンを採っている要因として次のような ことが考えられる。まず前年より目立って消費支出が上昇した昭和43年については、この年が初めての子どもが誕生したことによっ て、消費支出の内容がその前年とは質、量ともに全く変わったとい うこと。また49年から50年にかけてと60年には車の購入が、54年には家屋の改築が行われたため、これらの消費によってそれ ぞれの年の消費支出全体の30%から50%が費やされたことによ る。しかも、その消費支出は(参考図表ー3)にみるように、勤労者世帯と当世帯の可処分所得の乖離幅の範囲内で行われていること がわかる。またここからは当家計の消費支出の水準がほぼ平均的な 位置にあったことがわかる。 b 費目別構成比について 食費と雑費の構成比は、時系列平均では一般勤労者世帯と著しく異なっている。これは前述したように、世帯主のこづかいや、交際 費との関係などの個別的事情を差し引けば、それはほぼ勤労者世帯 の平均の近似値となる。また雑費の一部(世帯主のこづかいの中の食費の部分や世帯主が長男であることによる交際費)を食費に上乗 せすれば、食費も勤労者世帯平均の近似値となる。(前述注10) c 消費構造の財からサ−ビスへの移行、手段的消費から目的的消費への移行が確かに当家計においても見られる。しかしそれは当家計 に独自の個別的要因(前にのべたとおり)を考慮した上でのことで あった。 d 世帯員別配分比が時系列で変化してゆくことは、明らかであった。これは主として当家計の世帯発達を含む個別的要因によるものであ った。 e 平均貯蓄性向について 平均貯蓄性向は各年では乖離幅が大きいが、これは主に個人的事 情によるもので物価との関わりは、ここでは顕著でない。しかし、 時系列の平均貯蓄性向は、21.3%(勤労者世帯平均)と21.7%(当家計平均)とで、ほぼ同じになる。(参考図表−4) f 貯蓄累計額について 貯蓄累計額の減少の原因は主として耐久消費財の購入や教育資金 の満期によるものでそれらは当家計に個別的なものであった。 以上のことから、家計行動の変動の要因が当家計の個別的要因(内因性)によっているということがわかったが、当家計の社会経済環境(外因性)は、どのようにそれ(内因性)とかかわっていたのであろうか。次に考えていく。 外因性 a なぜ時間外勤務手当が多かったのか… この20年間の経済は一面で海外への輸出がめざましく伸びてい た時期でもあった。注14)そして、当家計の世帯主の職種が輸出 関係であったため輸出の伸びた分時間外勤務で補った。ということ がその一因として考えられる。 b なぜ賃金格差において優位であったのか… 日本の社会経済体制が、この間、年功序列体制であったこと、男性優位(賃金制度上)、学歴志向であったことが一因として考えられる。 c 非消費支出はこの20年間に当家計の可処分所得の6%から20 %までになり、その割合がかなり大きくなってきたことが伺えるが、 これは、当家計の収入増や世帯発達などによりその割合が高くなっ たという他に、国の財政の増大とも比例しているものと思われる。 また、消費支出は、5・6年おきのサイクルでほぼ一定のパターン を示しているがこれは家の改築や、車の購入などによるもので、家 の改築では、まわりの家との調和ということも考慮されたことがそ の一因となっている。また車の購入ではその必要性が当家計にあっ たものの、購入当時はすでに自家用車が一般に普及していて車の購 入自体、そう贅沢品ではなかったということである。 これらのことは、強いては、経済的に豊かな社会にあったことが その一因であったと考えられる。 d 費目別構成比では当家計の内因性を取り除けば、その変動の仕方 は、時系列平均で一般世帯のそれとほぼ同じとなる。このことは逆 に言えば、このような傾向をみせる社会経済の中にあったのが当家計であったといえるのではないだろうか。 e 当家計における消費のサービス化への移行と目的的消費への移行は前述のJ.M.ケインズの説の通りで、その社会経済的背景でもある。 日本の国全体としての生活水準の向上の結果、サービスや、目的的財・サービスのようなニーズを作り出した側(企業など)とニーズのある当家計があったということではないだろうか。 また耐久財の必需的なものから選択的なものへの移行は、J.Sテューゼンベリーがのべたように、生活水準の上昇による必然的な優等財への志向が一因として考えられる。このようような優等財への志向を次々と作り出していった社会背景が、この20年間の日本の社会経済の中に確かにあったことを示していると考えられる。 また、当家計のあった時代の前半からキャッシュレス時代が始まり、 クレジットカードで耐久財の購入が容易に出来るようになったということもその一因として考えられる。 f 消費性向が時系列平均では、一般世帯とほぼ同じであったというこ とは、やはりJ・Sテューゼンベリーがのべたように−経済成長が順 調になされている社会では時系列でその平均消費が一定である−ということから、逆に、順調な経済成長のあった社会経済の中にいたからこそ、消費性向の平均値が一定であった一般世帯とその数値が近似的であったといえるのではないだろうか。 g ローンと教育費の可処分所得に対する割合と、貯蓄累積額の可処分所得に対する割合は図(参考図表ー4)のように互いに相補的である。 またローンは、その家計の内因性の他に、社会経済的要因(物価、利子率、住宅地の供給状況など)によって左右される面が大きいと考え られる。一方、教育費もやはり、その内因性(世帯発達など)によっ て左右されるほか、その社会の中に教育に対する風潮(高校進学率90%を越える、塾など)や国の政策などによってもかなり影響される ものと考えられる。さらに貯蓄がそれと相補的な形で行われてきたわ けでだが、そこには明かに社会経済的背景の中で、依存効果 注16)、 誇示効果 注17)などによって調和的に生活水準を上げながら世帯 発達してきた一家計がある。以上のことから、家計の行動(所得や消費)は一見すると、あたかもその内因的欲求充足によってのみ行われてきたようにみえるが、よくみるとそこには社会経済的背景(外因性)が密接不可分にかかわりがあることがわかる。このことは第三章で同一対象家計の時系列データの意義をのべたが、そこでは一家計の内因性によって、家計行動が個別的であるとしたが、この一家計に個別的であるはずの内因性も時系列で平均化すれば、それは一般の平均値と近似値となること。すなわち、社会経済的背景(外因性)を反映しているものということになる。この意味で家計調査などで行われる多数の家計の平均値(特にタイムシリーズデータ)は、貴重だとも言える。 このことは、かってJ.K.ガルブレイスが説いた“依存効果”(=欲望が生産に依存する効果)注ー16)や、J.S.デューゼンベリーが説いた誇示効果(まわりの人々との比較の上で消費水準が決定される注ー17)などによって、当家計も、その行動を決定させてきたということが言えるのではないだろうか。 さらに換言すれば、このような家計行動の変動を起させるような財・サービスが、この20年間の社会経済の中にあり、その中でまわりと調和的に、その生活水準を保ってきたということである。 それはまた社会経済の動きを大河の流れにたとえるならば、当家計は、その流れに浮かんだ、小舟のように、はじめ急流の中(高度成長期)かろうじて押流されながら、やがて激流の中(石油ショックの時期)でほんろうされながらも加速され、その後のゆったりとした流れの中(低成長期ー成熟期)では、その歴史を重ねてきたことにより次第に安定して流れてゆく小舟(一家計の姿)がそこにみえてくるのである。 この意味では、当家計は高度成長期から低成長期に移行して成熟しつつあるこの20年間の一つの典型的家計であったといえるのではないだろうか。 Y.残された課題 以上のように本論では、その分析対象のほとんどを費目別分析にまでにとどめたものであった。前述の通り、当家計簿の処理にあたっては、パソコンを使用したことから、本来ならば品目別分析まで可能なはずであった。しかし、限られた時間のなか繁雑さをさけるため、ここでは敢えて、費目別分類までで分析を試みたものである。 さらに正確な分析を試みるのであれば、品目分類にまで下って検討を加えることにより、本論とは違った角度からの考察が可能だと考えられる。 あとがき 本論は、20年間という膨大な家計簿資料をもとに構成されたものでその多くの時間を資料整理と処理のために費やした。そのため資料整理にあたっては、家計簿資料を品目別にコ−ド化したが、さらにそれらのデータをパソコンに入力して処理するという段階で、夫の多大な協力を得た。また、本論完成の最終段階では、友人高橋喜代美さんの協力無くしては、成し得なかったものである。 最後に初めて論文というものを手がけたという稚拙な本論に対して、一年間にわたり親切に御指導いただいた坂井素思助教授に心からの感謝を申上げる次第である。 1988年12月 中川英子 注 注ー1 J.S.デユ−ゼンベリ− 大熊一郎訳 「所得・貯蓄消費者行為の理論」 岩松堂出版株式会社 (1975年) 注ー2 J.M・ケインズ 「我が孫たちの経済的可能性」 「説得評論集」収蔵(1930年) 注ー3 多田吉三 「家計簿からみた生活の長期変動」 (明治35年〜昭和30) 大阪市大紀要(1963年) 注ー4 横山光子{同一対象家計における消費構造の歴史的変化」 杉野女子大学紀要(1975年) 注ー5 日本家政学会 横山光子ほか「標準生活費の算定」 有斐閣 (1981年) 注ー6 後藤和子「K家家計記録の生活史的研究−1」 岩手大学教育学部(1978年) 注ー7 両親からの建築費用の借入金を家賃収入として計上したが、 この金額は(資料ー1)のように可処分所得の16%から5%ま でとなっている。 注ー8 (資料ー2)参照 注ー9 外出費の外食部分は月平均食費の2〜3%、交通費は交通・通 信費の5%となっている。注ー10 例えば、昭和51年の当世帯の年平均一ヶ月当りの食費は、 37、155円でエンゲル係数は17.4%であった。一方、勤 労者世帯では、それが57、243円で30.8%となっている。 注ー11 (株)日本能率協会総合研究所「世代別データブック´85」 ( P159・163) 注ー12 経済企画庁「時間と消費の予測シナリオ」 ダイヤモンド社(1987年) 注ー13 W.W.ロストウ木村健康ほか訳「経済成長の諸段階」 ダイヤモンド社(1961年) 注ー14 注ー2に同じ 注ー15 家庭創設期は特に時間的余裕が多かったこと、またほかの3 期 の( )内は出産前や家屋の改築などによって、時間的余裕が 少なかったことによる。 注ー16 出典、放送大学印刷教材「家庭の経済」(1998年) 注ー17 注ー1に同じ 参考文献 1 駒井洋 「自己実現社会」 株式会社有斐閣 (1987年) 2 井尻和男 「消費文化の幻想」 PHP研究所 (1988年) 3 山一証券経済研究所 「経済が分る辞典」 株式会社日本実業出版社 (1987年) 4 経済企画庁総合労働班 「経済成長と所得分配」 大蔵省印刷局 (1987年) 5 経済企画庁総合計画局消費・貯蓄の展望研究会 「時間と消費の 予測 シナリオ」 ダイヤモンド社 (1987年) 6 サロ−・ハイルブロ−ナ− 中村達也訳 「経済学」 株式会社 TBS・ブリタニカ (1980年) 7 J.S.デユ−ゼンベリ− 大熊一郎訳 「所得・貯蓄消費者行 為の理論」 岩松堂出版株式会社 (1975年) 8 加藤秀俊 「取材学」 中央口論社 (1987年) 9 今井光映・安部喜三 「新・生活設計」 日本放送出版協会 (1987年) 10 森岡清美・青井和男 「ライフコ−スと世代」 垣内出版株式会 社(1985年) 11 日本経済新聞社 「ゼミナ−ル日本経済入門」 日本経済新聞社 (1987年) 12 奥村忠雄・多田吉三共 「家計調査の方法」 光生館 (1981年) 13 貯蓄増強中央委員会 「貯蓄に関する世論調査」 貯蓄増強委員会(1987年) 14 佐伯啓思・中村二郎他 「経済セミナ−NO.384」 日本評論社(1987年) 15 坂井素思・西部遇他 「月刊・自治研・特集新説“民富論”」 自治研中央推進委員会 (1987年) 16 総務庁統計局 「国際統計要覧」 総務庁統計局 (1987年) 17 電機労連 「電機労働者の生活」 労働経済旬報 (1977年) 18 毎日新聞社 「エコノミスト」 “穏やかながら着実な増加続く 家計 支出” (1987年)P174〜178 19 J.M・ケインズ 「我が孫たちの経済的可能性」 「説得評論 集」 収蔵(1930年) 20 総務庁統計局 「家計調査年報」 (1967〜1986年) 21 総務庁統計局 「家計調査総合報告書」 日本統計協会 (1988年) 22 総理府統計局 「全国実態調査報告」 総理府統計局 (1981年) 23 日本経済研究センタ− 「成熟型消費社会」 日本経済新聞社 (1985年) 24 石崎唯雄 「日本の所得と富の分配」 東洋経済新聞社 (1983年) 25 日本家政学会・家庭経営部会 「標準生活費の算定」 有斐閣 (1981年) 26 東洋経済新報社 「経済変動指標総覧」 東洋経済新報社 (1983年) 27 坂井素思他 「家計経済研究」創刊、3号 財団法人家計経済研 究所 (1987・1988年) 28 日本能率協会総合研究所 「世代別デ−タブック」 日本能率総 合研究所 (1984年) 29 労働省 「労働統計年報」50年度版・61年度版 (1975・1986年) 30 経済企画庁 「消費動向調査」 60年度版 (1985年) 31 多田吉三 家計簿からみた生活の長期変動(明治35年〜昭和30 年) 大阪市大紀要(1963年) 32 W・W・ロストウ.木村健康他訳 「経済成長の諸段階」 ダイヤ モンド社(1987年)より 33『放送大学印刷教材』 @ 今井光映 「家庭経済学」 放送大学教育進行会(1985年) A 今井光映 「家庭の経済」 放送大学教育進行会(1988年) B 今井光映 「家庭経営学」 放送大学教育進行会(1984年) C 加藤秀俊 「家庭の本質」 放送大学教育進行会(1986年) D 加藤秀俊 「比較経済・経営・社会」 放送大学教育進行会 (1986年) E 辻村明 「現代社会論・」 放送大学教育進行会(1986年) F 喜治元郎 「現代の経済と経済分析」 放送大学教育進行会 (1985年) G 副田義他 「生活の社会学」 放送大学教育進行会(1985年) 以上
卒論を仕上げての感想
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