円ドル為替レートの決定要因についての考察
氏  名 綾部 高志

所属専攻 社会と経済

「円ドル為替レートの決定要因についての考察」

1.為替レートの変動には数多くの要因が作用し、またその作用が一定でないため、為替変動を常に説明しうる為替決定理論はないと云われている。 しかしながら、為替変動を体系的に理解する上で必要不可欠であるので、先ず主要な為替決定理論とその変動要因を概括した。

その中で、購買力平価は、短期的には為替相場の変動と結びつかないが、長期的には実勢相場とほぼ均衡しており、いわば均衡為替レートの基幹を形成しているものと考える。

短期及び中期的には、対外投資の自由化及び国際化を背景に、為替レートは資産市場におけるストック均衡で決まるとするアセット・アプローチが、最近では有力な理論である。

2.次に、長期均衡レートから短期的・中期的に乖離をもたらす変動要因を把握するため、アセット・アプローチの中でも有力な為替決定モデルと云われているポートフォリオ・バランス・アプローチに基づく推計値による変動要因分解及び寄与率と、変動をもたらした背景とを突き合わせることとした。

3.結果、円ドル為替レートは、長期的には内外物価上昇率格差から決まる購買力平価に均衡し、短期・中期的には、資産需給の動向を中心として、日米の景気格差を背景とした実質金利差、日米の金融政策の違いを背景とした名目金利変化率差、累積経常収支、先物取引他による誤差等を変動要因として均衡レートから乖離すると考える。

目  次

〔はじめに〕    3

第1章 為替相場決定理論とその決定要因     4

1.古典的三大学説    4

(1)国際貸借説 4

(2)購買力平価説 4

(3)為替心理説 7

2.最近の決定理論 7

(1)フロー・アプローチ 7

(2)マネタリー・アプローチ 9

@マネタリスト・モデル         10

Aオーバーシューティング・モデル    11

(3)アセット・アプローチ 12

第2章 最近の円ドル為替レートの変動要因  14

第3章 結び 20

〔付  表〕 22

1.1970年以降円ドル相場推移図 22

2.円相場決定要因星取り表          23

〔参考文献〕 24

〔はじめに〕

我が国は、90年のバブル崩壊を機に内需が冷え込み、景気後退期に入っているといえる。 昨今では、異常低金利の長期化に伴う国内投資の減退、特別減税の廃止、消費税の値上げ、アジア各国の通貨不安などにより、更に内需は冷え込み、企業業績は全般に暗雲が立ちこめ、勢い企業は景気の良い米国への輸出と投資に活路を求め、また政府の積極的な景気高揚政策の発動を待望している状況にある。

その景気動向に大きく影響を与えるものの一つとして「円ドル為替レートの動向」がある。

円安ドル高となると、日本の輸出企業の競争力が増して業績良化の要因となり、景気動向に大きく影響し、他方で対米黒字が増加することにより日米経済問題にも作用するなど、何れにしてもその変動幅及び期間に応じた影響を与えることになる。 企業全体としては、円高と円安の何れが良いか一概に言えないが、企業の予想レートから大きく乖離すると業績に影響を与えるので、一般的には為替レートの安定、或いは予想どおりの為替動向が望まれていると云える。

従って、為替レートの動向の把握、ひいては為替変動要因の把握は、今後の景気動向、企業業績、投資動向を把握する上で必要不可欠なものとなっている。

そこで、これまでに述べられてきた主要な為替決定理論とその決定要因を概括し、かつ最近の円ドルレートの変動要因分解及びその寄与率、並びに変動の背景を探ることにより、円ドル為替レートの長期的方向性、その均衡レートから乖離する短期的・中期的変動をもたらす要因を把握することとしたい。

第1章 為替相場決定理論とその決定要因

1.古典的三大学説

(1)国際貸借説

ゴッシェン(George Joachim Goshen, 1831-1907)が、「為替相場は二国間の国際貸借の状況により決定される」とした説である。

国際貸借、即ち、商品の輸出入、証券の購入、利益・手数料の決済、海外旅行の費用支払等、全ての相互支払によって生じる外貨の需給関係を変動の本質的要因としつつ、貨幣価値、地金の量、信用状態、利子率の状態の影響も受け、相場が決定されるるとした。

但し、ゴッシェンの説は金本位制度を前提としており、為替相場の変動は金価格に二国間の現送費用を調整した範囲であるとした。 なお、不換紙幣国との間では、金の輸送費用に、金の紙幣に対するプレミアム、即ち不換紙幣の流通量の増加に伴う物価上昇と同一比率での上昇を加味した範囲であるとした。 また、双方が不換紙幣国の場合は、為替相場の変動に限界がなく、全面的に需給関係によって決定されるとした。

ゴッシェンの説は、金本位制度を中心に議論し、需給の発生、変化、均衡についての分析に欠けているといわれ、最近では直接的に用いられないが、その基本的考え方はフロー・アプローチなどに大きく影響を与えている。

(2)購買力平価説

カッセル(Gustav Cassel, 1866-1945)が、第一次世界大戦後の金本位制崩壊を背景として、「為替相場は主として当該二国貨幣のそれぞれの国での購買力の比に依存する」とした。 ある二国間の貨幣の交換比率は、基本的にそれぞれの購買力によって決まるとするものであった。為替相場の基本的な決定要因を財・サービスに対する購買力、即ち物価水準に求めている。

数式化すると、s=p/p*

〔s:邦貨建て為替レート、p:物価水準、*:外国の変数(以下同じ) 〕

この式が購買力平価説の基本形であり、絶対的購買力平価ともいう。

これに対して相対的購買力平価は、為替レートの変化は両国における物価水準の変化率の差に等しいというものである。

π-π*=(e-s)/s

〔π:予想インフレ率、e:予想為替レート〕

なお、前記の式はアセット・アプローチの利子平価条件と呼ばれる式i=i*+(e-s)/s に通じ(i:名目利子率)、左辺の自国通貨建て資産の予想投資収益率と、右辺の外国通貨建て資産の予想投資収益率、即ち利子と為替差損益が等しくなるところまで、投資家及び企業は対外投資及び資金調達を行おうとし、投資収益率が平準化することを表す。 また、eが下がれば、sも式が成り立つところまで下がることになる。

購買力平価は、次に掲げる購買力平価の推移図のとおり、短期的・中期的には乖離するが、長期的に内外の貿易財の相対価格は概ね一定の値に収束するとみられている。  購買力平価の有用性について、須田美矢子学習院大学教授は最近20年間の卸売物価基準データの共和分検定により検証しているが、円ドル・レートでは認められている。

購買力平価の成立を妨げる要因として、裁定取引が瞬時に行われないことに加えて、関税・輸送費・差別化商品・非貿易商品・サービスの存在、商品バスケットの国際的相違などが考えられる。

カッセルも、理論値と現実の為替相場の乖離要因として、種々の貿易制限、通貨価値の将来予測、為替投機などを挙げ、その影響を分析している。 近年においては、膨大な資本取引も乖離要因となっている。

なお、インフレ率格差が為替相場を決めるという一方的な関係ではなく、為替相場がインフレ率格差を生み出す場合もあり、相乗的ないし相互波及的な関係にあるとみられている。 この点については国際収支説においても言えることで、米国ケンブリッジ学派の国際経済モデルであるMAM(マサチューセッツ・アベニュー・モデル)が、一般論とは逆に為替レートが経常収支の変動の原因であると唱えるごとく、為替レートとその決定要因が双方向的に影響を与える可能性も考慮する必要がある。

(3)為替心理説

アフタリオン(Albert Aftalion, 1874-1956)は、国際貸借説及び購買力平価説を批判的に検討し、これらを総合する形で為替心理説を唱え、「外国為替に対する需要は、取引当事者の個人的・主観的な評価や期待を基礎としている。」とした。 その評価に影響を与えるものとして、質的要因と量的要因があるとしている。

質的要因として、@貿易が可能な特定商品に対する特殊購買力、A外債支払手段としての債務支払力、B通貨量変化の予想に起因する心理的効果、C財政政策など「為替投機に影響を与える予想」を挙げた。

量的要因としては、限界効用論を応用して「外国為替に対する効用が逓減する」という考え方を基礎に据えた。 個人が外貨の最終単位に期待するものは何かといえば、それは経常収支と資本移動から生じる外国為替の需給であると考え、国際収支の項目の背後にある外国為替に対する期待と効用に論及している。

市場参加者の予測、期待、心理的効果などは、分析が困難であるが、相場動向を見極める上で常に考慮する必要があるものである。

2.最近の決定理論

その発展段階を時期的に追えば、フロー・アプローチ、マネタリー・アプローチ、アセット・アプローチの三つに大別できる。

(1)フロー・アプローチ(Flow Approach)

フロー・アプローチは、経常収支、資本収支、公的介入の3面から派生するフローとしての外貨の需要と供給の均衡で為替相場が決定されると考えるものである。

国際間の資本移動が制限されていた60年代の状況を背景に、資本収支は金利に反応する受動的なものとみなされる一方、為替相場の経常収支調整機能は十分高く、主として為替相場の変化に反応した経常収支の動きで、為替相場の需給が均衡に向かうと考えられていた。

その需給均衡式は次のように表される。

+   - +     +

Cur(s・p*/p, y, y*)+Cap(i-i*)=儚

〔Cur:経常収支、y:実質GNP、Cap:資本収支、儚:外貨準備増減、

+:増加関数、-:減少関数〕

この式の意味するところは、内外金利差でフローの資本収支が決まり、介入政策により外貨準備の増減が決まって、総資本移動の額が決まれば、それに見合う経常収支(内外の物価水準及び実質GNPの関係で決ま る。)を生み出すように為替相場が決まるというものである。

為替レートの決定因として以下の五つの変数が挙げられる。

+  + -   -   +

s←〔 p/p*, y, y*, i-i*, 儚 〕

sは邦貨建て為替レートであるから、-は円高要因、+は円安要因であ る。

外国のインフレは経常収支の黒字、即ち外国為替の超過供給の発生に伴い円高要因となる。 自国の実質GNPの増大は経常収支の悪化、即ち 外国為替の超過需要を引き起こすため円安要因となる。 自国金利の相対的上昇は資本の純流入を招き円高要因となる。

為替レートの決定に関して経常取引により生じる外国為替の需給が重視され、経常収支の不均衡は安定化的資本移動でカバーされ、公的市場介入は通常必要がないものと考えられた。

(2)マネタリー・アプローチ(Monetary Approach)

変動相場制移行後の70年代、資本移動が相場に及ぼす影響を重視するようになり、両国間の為替相場は、二つの通貨で表示された資産即ちアセット間の交換比率であって、特に通貨市場におけるストック均衡で為替相場が決まるとする。

フロー・アプローチにおける為替レートは両国間における「財の相対価格」とみなしたのに対し、マネタリー・アプローチにおける為替レートは両国間における「貨幣の相対価格」と考える。

貨幣に対する需給が内外の物価水準を決め、内外の貨幣の持つ購買力が為替レートを左右することになり、購買力平価説の考えが採用される。 為替レート決定に関して、絶対的購買力平価の式s=p/p*に、貨幣市場の均衡式M/p=L(i,y)を代入して、次の関係が成立する。

s=〔M/L(i,y)〕/〔M*/L*(i*,y*)〕

+ - +  +

s←〔 M/M*, y, y*, i-i* 〕

〔M:貨幣供給、L:貨幣需要〕

即ち、自国(外国)の貨幣需要を上回る自国(外国)の貨幣供給の増加は円安(円高)を招く。

なお、内外活動水準(y,y*)と内外金利格差(i-i*)の二つの為替レート決定因としての役割がフロー・アプローチと対称的である。 前者の差異について、フローの場合はyとpを財市場を通じての間接的な関係とし、yの上昇→自国の輸入増→外国為替の超過需要の発生→為替レー トsの上昇(円安)となるのに対して、マネタリーの場合はyとpを貨幣 市場を通じての直接的な関係とし、yの上昇→自国の輸入増→貨幣需要の増大→pの下落→sの下落(円高)となる。 後者の差異について、フローでは内外金利差がプラスの方向に高まると資本流入が生じ、結果円高が起こるのに対して、マネタリーでは、貨幣供給量不変の下で、自国金利の上昇→貨幣需要(資産需要)の減少→貨幣の超過供給の発生→物価の上昇→円安となる。 フロー・アプローチでは貨幣市場における不均衡調整がいわば利子率の変化に委ねられているのに対して、マネタリー・アプローチでは価格の伸縮性がフルに認められ、貨幣市場における不均衡は物価水準の変化によって調整される、と考えられていることによる。

@マネタリスト・モデル(Monetarist Model)

マネタリー・アプローチのなかでも「マネタリスト・モデル」と呼ばれる理論では、短期的にも購買力平価が成り立っていると想定した。

従って、両国間の為替相場は、基準時点における両国間の購買力平価に現在までの両国の物価指数の変化を加味したものとなる。 一方、それぞれの国の物価は名目貨幣供給量=需要量、利子率、実質所得などの関数であるから、為替相場はこれらの要因の関数としてとらえられ、この二つから通貨の需給バランスの変化が両国の物価の変動を通じて為替相場に影響を与えるという式になる。

s=(p/p*)・(M/M*)・〔L*(i*,y*)/L(i,y)〕

この理論は、長期決定理論としては適合しているやも知れないが、両国金融資産の間で完全代替性があるという非現実的な前提を別としても、短期的に為替相場は各国間のインフレ率格差とはっきり異なる変動をすることがあり、また貨幣供給の動きからも説明がつかないことがあるという点でも実証的でなかった。

Aオーバーシューティング・モデル(Overshooting Model)

マネタリー・アプローチで説明できなかった為替相場の購買力平価からの乖離を説明できるとした。

為替相場は、購買力平価で算出した均衡為替相場から両国間の実質金利差に比例して乖離し、やがて回帰速度θをもって均衡為替相場に回帰していくとする。

例えば、日本が米国よりも緊縮政策をとると、金融市場がタイトになって円金利が上昇し、円建て債券の価格が低下(利回りは上昇)する。他方、将来の期待インフレ率は低下し、その分将来の円の購買力が上昇する。  この結果、円建て債券の買い圧力(ドル建て債券の売り圧力)が生じ、購買力平価の水準以上に円相場が上昇(オーバーシュート)することになる。 円・ドル債券の期待収益率が一致したところで、資産市場は均衡を回復する。

以上のプロセスが定式化されて、為替相場の購買力平価からの乖離は内外の内外実質金利差によって説明できるとしたのがこの理論である。

為替相場の予想変化率を考慮した円資産の利回りとドル資産の利回りが一致するように為替相場が決まってくることを表す式i=i*+xと、内外予想インフレ率格差により為替レートがθの調整スピードで均衡為替相場に回帰していくと予想する式x=(π-π*)+θ(e-s)から次式が求められる。

s=e+(1/θ)〔(i*-π*)-(i-π)〕

〔e:均衡為替相場(ここではsと共に対数値)、θ:均衡への調整速度、  x:為替相場の予想変化率{(e-s)/s}〕

(3)アセット・アプローチ(Asset Approach)

70年代以降、日本では80年代以降、外為法改正及び対外投資規制撤廃による金融の自由化・国際化の進展により外国為替取引における金融取引のウェイトが高まり、外国為替取引が、経常取引の決済という側面より、資産取引としての側面を次第に強く帯びてきたことを背景に主張された理論である。

広義のアセット・アプローチは、為替レートは資産市場におけるストック均衡で決まると考え、邦貨建て債券と外貨建て債券の間の代替性に関する仮定の違いにより、「完全代替」を仮定するマネタリ−・アプローチと「不完全代替」を仮定する狭義のアセット即ちポートフォリオ・バランス・アプロ−チ(Portfolio Balance Approach)に分かれる。

後者のモデルでは、経常収支不均衡によるリスク・プレミアム(β)を加え、オーバーシューティング・モデルの式はそれぞれ次のとおり修正される。

i+β=i*+x

s=e+(1/θ)〔(i*-π*)-(i-π)〕-β/θ

即ち、為替相場が、「実質金利差」、「名目金利変化率格差」、「インフレ率格差」、「累積経常収支に依存するリスク・プレミアム」によって均衡為替相場から乖離するモデルが得られる。

ここで、均衡為替相場eは名目タームであるので、内外インフレ率格 差によって変化することを表現するために、均衡実質為替相場(自然対数値)をμ、日本の物価指数(自然対数値)をp、米国の物価指数(自 然対数値)をp*で表すと、e=μ+p-p*となり、これを上記式に代入する と次のとおりとなる。

s=μ+p-p*+(1/θ)〔(i*-π*)-(i-π)〕-β/θ

この式は、購買力平価、オーバーシューティング・モデル、ポートフォリオ・バランス・モデルの関係を表している式ともなっている。

オーバーシューティング・モデルでは、為替変動を「長期的均衡相場」プラス「短期的・中期的乖離」と捉え、為替相場の基本的な考え方として良いと思われるが、乖離要因に経常収支の不均衡が為替相場に及ぼす影響を考慮していない点が不十分である。 この点を修正したのがポートフォリオ・バランス・アプローチであり、現状により適合したものといえる。

円居総一・西村陽造両氏が東銀経済四季報1994年秋号で、ポートフォリオ・バランス・アプローチの適合性を同モデルの回帰式の推計値により確認しているが、比較的良い結果が出ているので、その推移図を次に掲げておく。

第2章 最近の円ドル為替レートの変動要因

1.円ドル相場変動の要因分解と寄与率

前記ポートフォリオ・バランス・アプローチの最終式により算出した推計値を用いて、前記の丸居総一・西村陽造両氏、及び須田美矢子教授「変動為替レート制下の為替レート」(三菱総研、1996.3)の両者が、80年以降の円ドル相場の要因分解を行っているところ、後者の図により話を進める。 即ち、円ドルレート推移結果の要因分解図及び円ドルレート変動の寄与率の推移図は次に掲げるとおりである。

その結果、

@円ドルレートでは、誤差(斜線部分)のサークルが 10〜70%と最も大きい。 それは均衡状態への調整速度の問題とみられ、投機が乖離をもたらす重要なファクターとなっている。

さまざまな原因が考えられるが、輸出入業者及び機関投資家らが、実際の外貨建て決裁のほかに、それをリスクヘッジする先物取引を拡大していることが、市場のオーバーシュート現象を多々もたらしていることが大きく影響している。

A実質金利差要因(黒色)は、変動要因の6割方の寄与率を占める81年を山として、80年代前半において大きな寄与率を占めており、80年代前半の米国への投資資金の大量流入を裏付けている。

名目金利変化率格差(点模様)は、日米の金融政策スタンスの変更がどの程度のアナウンスメント効果を持っているかということを示す変数であるが、10〜50%のレンジで寄与し、特に90年前後及び93〜94年に大 きな影響を与えている。

B累積経常収支要因(リスク・プレミアム)(白色)は、82年以降、最近時点まで ほぼ一貫して円高方向へ寄与している。 寄与率をみると87〜88年に40〜50%のレンジで推移し、その後20%台に低下し、92〜93年に40%台へ上 昇している。 95年第1四半期の円高要因ともなっている。

以上、前記1と同様に、「累積経常収支」要因が円高の基調的要因となっており、「金利差」が乖離要因となっているといえる。

加えて、「誤差」要因がかなりの寄与率を占め、市場参加者の予測及び期待がオーバーシュート現象を起こすこともある。

(このほか、大おお海がい ひ 宏ろし 敬和学園大学教授が星取表という形で円ドル相 場決定要因を探り、重要性の順に「日本の経常収支」、「米国の経常収支」、「米国の金利(希に日米金利差)」を挙げているが、そのデータが参考になるので付表2に掲げておく。)

2.最近の円ドル為替レートの変動と背景

前記1.の点を実際の背景と突き合わせ、変動要因を確認する。

(付表1の円ドル相場推移図も参照)

(1)80年代前半の円安

80年代前半は、81年を頂点として実質金利差要因及び名目金利変化率差要因の円ドルレート変動に対する寄与率が特に高くなっている。

この間、米国の巨額の財政赤字、及び日本の年間1200億ドルにも上る貿易黒字が出ていたことから、実需面でみると当然円高ドル安になる状況にあった。 しかし、実際その逆の円安ドル高となった背景は、当時、米国の金利が、財政赤字に伴う国債の大量発行により30年債で年利11%乃至13%台の高金利となり、日本を始め海外から余りにも多くの投資資金が流入したことによる。 我が国では、特に80年12月に外為法が改正されたことにより対外投資が原則自由になったため、対米投資が貿易黒字を上回るペースで拡大し、その旺盛なドル買い需要がドル高の要因となった。

(2)80年代後半の円高

83年頃から87年を頂点に累積経常収支要因の変動への寄与率が高くなり、また誤差要因も86年を頂点として寄与率が高くなっている。

これは米国の国内景気の減速に伴って、円安による日本の貿易黒字などが政治問題化し、米国が金融及び財政政策を転換し、85年9月のプラ ザ合意による各国通貨当局の協調介入を行った結果、現実の円ドル相場が均衡為替相場から大幅に円安ドル高方向に乖離していたものが修正され、日本の累積経常収支増加に対応する円高方向に動いたものといえる。

他方、急激な円高ドル安に伴なって、企業及び機関投資家はリスクヘッジを拡大する必要に迫られ、誤差要因が増大したものと考えられる。

(3)89年から90年春への円安

89-90年の日米金利差は、87-88年に比べてむしろ縮小傾向にあるが、機関投資家の外債投資規制が緩和されたこと、国内貯蓄が生保など機関投資家へ向かったこと、対外投資のリスク・バッファーである含み益がバブルの生成により拡大したこと、米国の経常収支赤字が縮小方向に転換したことによりドル先高期待が台頭したこと等を背景として、円安に結びつく機関投資家の対外投資が積極化したため円安となった。

これを裏付けるように、実質金利差要因の寄与率は低く、他方で誤差要因の寄与率が増大している。

(4)90年春から95年春の約80円への円高

@90年4月、G7により円安防止のための協調行動で合意し、これに伴 って名目金利変化率差要因の寄与率が急拡大している。

A累積経常収支要因が、再度93年を頂点として寄与率が拡大し、円高方向へ変動する大きな要因となっているが、これは日本がバブルの崩壊で内需が冷え込み、経常収支の黒字が前年の約9兆円に対し約14兆円と急拡大し、更に同規模の黒字が94年まで続いたためである。

他方で、プラザ合意以降、80年代後半の急激な円高による巨額の為替差損の発生、バブル崩壊による株の含み益の激減、ソルベンシー・マージン(生保・損保に対する投資リスクの規制)の導入等により、日本の機関投資家の海外投資からの撤退という為替市場の大きな構造変化があり、円高を抑える外債投資が途切れてしまい、このため、為替市場には一気に巨大な経常黒字からくる円買い需要に対し、ドル買い需要が決定的に不足したため、結果、大幅な円高になっていった。

B誤差要因の寄与率も相変わらず高い。

94年前半の時点になると、投機家及び企業の多くが年後半には円安になると予測し、日本の輸出業者は、売るべきドルを同年前半で処分せず、ドル売りが溜まっていった。 また、同年、欧州において、その円安予測及び日本の低金利による少ない借り入れコストを期待して10兆円にも上るユーロ円債が発行された。 しかし、予測に反して一層の円高になったため、95年の春に日本の輸出業者のドル売りの上に欧米の投資家の損切りのドル売りが加わり、円は一気に79円まで上昇してしまったのである。 これは予測誤差の要因によるものといえる。

(5)95年春から97年春の約125円への円安

@この円安は政策主導であり、95年4月のG7で「秩序ある反転を目指 す」と謳い、協調介入の下に矢継ぎ早の金融緩和政策がとられたことによる。

一連の日米の金融政策スタンスの変更に伴って、やはり名目金利変化率差要因の寄与率が急拡大している。

日銀は95年3月に無担保コールを公定歩合と同水準まで下げ、4月に公定歩合を1%に引き下げ、7月に無担保コールを公定歩合以下にまで引き下げ、9月に公定歩合を更に0.5%に引き下げた。

これにより、当初は公的セクターを中心に、その後、日本の異常低金利の長期化及び景気の冷え込みを背景に、民間主導の外債投資を中心に資本流出がスケール・アップし、円安が進んだ。

95年8月2日、大蔵省は対外投融資促進策を発表した。 欧米の投資家は、同促進策により日本の投資家が80年代のように円を売って欧州通貨を買いに来ると予測して動いたため為替レートは一気に90円台に入り、円安のモメンタムがついてしまった。 更に、一部の日本の投資家がドル買いに動いたこともあり、ドルは100円を超すまで急騰した。

95年9月、事業規模14兆円の景気対策が発表され、欧米の投資家は、 「マネー・サプライを増やして内需拡大をやれば輸入は増え、円安基調は維持できる」と期待したが、この点は長く続かなかった。

95年8月以降、日銀は史上最大規模の為替介入を行った。 年間の経 常収支黒字が1200億ドルのときに、日銀は、多い日は1日50億ドル規模のドル買い・円売りをやったため為替は円安に振れた。

A累積経常収支要因の寄与率も増しているが、95〜96年の内需の増勢により、輸入が対前年比12%、20%と続けて二桁の大幅な伸びを示し、経常収支黒字は、95年10兆円、96年7兆円と漸次減少して円安基調を維持する要因となった。

以上、背景との突き合わせにおいても概ねポートフォリオ・バランス・アプローチの決定要因を裏付けており、実質金利差の拡大においては円安、累積経常収支の黒字拡大においては円高、特に最近においては資本取引及び先物取引の拡大に伴って「誤差」要因の円ドルレート変動への寄与率が高くなることが多くなっている。

第3章 結び

第1章及び第2章の分析から、為替レートの変動を、「長期的均衡為替レート」プラス「短期・中期的乖離要因」として捉えるオーバーシューティング・モデルやポートフォリオ・バランス・アプローチの考え方には同意し得る点が多い。

従って、最近の円ドル為替レートの決定要因を挙げるに当たっては、前記の考え方で捉え、かつ、最近は資本取引に重点が置かれていることから、次のとおり後者モデルの決定要因を中心として、適宜変動の背景等を勘案して若干補うこととする。

1.長期的均衡為替レート

長期的均衡を財・サービス市場と資産市場の調整が完全に行われる理想的状態と考えるならば、内外実質金利は均等化し、リスク・プレミアムも低下するので、均衡為替レートは「内外物価上昇率格差」から決まる「購買力平価」に概ね収束していくものと考える。

2.円ドル為替レートの短期・中期的乖離要因

(1)円ドル為替レート決定に関しては、80年12月の外為法改正、及びその後の規制緩和により、対外投資の自由化並びに国際化が進み、それに伴って資産需給の動向が重要な役割を果たすようになった。

その変動要因は、日米の景気格差を背景とした「実質金利差」(最近97年の円安へのこの要因の寄与率は大きいと思われる。)、日米の金融政策の違いを背景とした「名目金利変化率差」などである。

(2)また、対外投資自由化が本格化した82年以降の円ドル為替レートの円高基調は、主に「累積経常収支」の黒字が背景となっており、特に米国の景気の後退期においては、政治問題化し、円ドル相場に大きく影響する。

(3)更に、最近では、輸出入業者及び機関投資家らが、リスクヘッジ及び投資の両面から先物取引を活用し、かつ拡大させているので、それに伴ってオーバーシューティング並びに「誤差」が乖離要因となっている。

(4)相場の短期的な転換をもたらすものとして、多くは「日米両政府の金融・財政政策の転換」であり、偶に「米国を核とした国際政治など市場外要因」がある。

〔付  表〕

1.1970年以降円ドル相場推移図(出所:東銀経済四季報1995年夏号)

2.円相場決定要因星取り表(出所:大海 宏、エコノミスト1997.6.3)

円相場 経常収支(億ドル) 長期金利(日10、米30年債%)

暦年 年平均・比 日本   米国  格差  日本  米国   格差

1977 268.51↑ 109○ -145○  254○ 7.33● 7.67○ -0.34 ●

78 210.44↑  165○  -154○  319○ 6.09●  8.48● -2.39 ●

79 219.14↓  -87○   -9○  -78○ 7.69●  9.33○ -1.64 ●

80 226.74↓ -107○   19○ -126○ 9.21● 11.30○ -2.09 ○

81 220.54↑  48○   69●  -21○ 8.66● 13.44● -4.78 ●

82 249.01↓  69●  -98●  167● 8.05○ 12.76● -4.71 ●

83 237.51↑ 208○ -467○ 675○ 7.42● 11.18○ -3.76 ○

84 237.61‥ 350‥ -1120‥ 1470‥ 6.81‥ 12.39‥ -5.58 ‥

85 238.05‥ 492‥ -1227‥ 1719‥ 6.34‥ 10.79‥ -4.45 ‥

86 168.51↑ 859○ -1511○ 2370○ 4.94● 7.78○ -2.84 ○

87 144.62↑ 870○ -1671○ 2541○ 4.21● 8.59● -4.38 ●

88 128.18↑ 796● -1283● 2079● 4.27○ 8.96● -4.69 ●

89 137.96↓ 572○ -1028○ 1600○ 5.05● 8.45● -3.40 ●

90 144.81↓ 358○ -917○ 1275○ 7.36● 8.61○ -1.25 ●

91 134.59↑ 729○ -69● 798● 6.34● 8.14○ -1.80 ●

92 126.65↑ 1176○ -678○ 1854○ 5.10● 7.67○ -2.57 ●

93 111.18↑ 1315○ -1039○ 2354○ 3.97● 6.60○ -2.63 ●

94 102.23↑ 1291● -1557○ 2848○ 4.24○ 7.37● -3.13 ●

95 94.05↑ 1104● -1529● 2633● 3.21● 6.88○ -3.67 ●

96 108.76↓ 660○ -1651● 2311○ 3.07○ 6.70● -3.63 ●

(註)↑:前年比円高、↓:同円安、○:通説どおり、●:逆に動いた

〔参考文献〕

・最所泰博「経常収支と資本収支との相互作用における為替レート決定‥ニーハンス・モデルとコウリ・モデル」九州産業大学商経論叢25-3、1985

・伊藤元重「貿易構造と為替レート‥長期の為替レート決定メカニズム」

東京大学経済学会・経済学論集51-1,1985.4

・天野明弘「最近の為替理論‥経常収支から対外資産需給に重点移る為替レート決定要因」日本経済研究センター会報503&4,1986.1

・湯元健治「為替レート決定における予想の役割と予測上の問題点について」日本経済研究センター・日本経済研究15,1986.3

・渡辺健一「Kouriのポートフォリオバランスモデルへのコメント‥為替レートの決定」  成蹊大学経済学部論集17-1,1986.10

・伊藤隆敏「為替レート、金利差と経常収支‥簡単なオープン・マクロモデルによ る同時決定」一橋大学・経済研究40-3,1989.7

・古海建一「ビジネス・ゼミナール 外国為替入門」日本経済新聞社、1990.10

・板垣隆雄「為替レートの決定 ‥短期的決定理論」経済セミナー441,1991.10

・板垣隆雄「為替レートの決定 ‥長期的決定理論」経済セミナー442,1991.11

・林 康史「ゼミナール 相場としての外国為替」東洋経済新報社、1993.4

・大畑弥七「為替レートの決定理論と購買力平価」早稲田大学社会科学研究47,1993.10

・田中茂和「為替レートと国際金融」中央経済社、1994.2

・リチャード・クー 「良い円高と悪い円高」東洋経済新報社、1994.7

・小宮隆太郎「貿易黒字・赤字の経済学」東洋経済新報社、1994.9

・円居総一・西村陽造「為替相場の理論的・実証的分析」東銀経済四季報1994年秋(通巻第3号)、東京銀行調査部、1994.10

・井上貴照「短期における実質為替レートの研究」香川大学経済論叢

67-2,1994.10

・吉野文雄「為替レート決定の理論」高崎経済大学論集37-3,1994.12

・最所泰博「経常収支と為替レート決定について‥ドーンブッシュ=フィッシャー・  モデルを中心に」九州産業大学商経論叢36-1,1995.7

・辻 正次ほか「為替レートの変動と経常収支」経済セミナー486,1995.7

・河合正弘、通産研究所「円高はなぜ起こる」東洋経済新報社、1995.9

・リチャード・クー 「投機の円安 実需の円高」東洋経済新報社、1996.2

・須田美矢子「変動為替レート制下の為替レート」三菱総合研、1996.3

・伊藤元重「円高・円安の企業行動を解く」NTT出版、1996.7

・吉本佳生「先物・先渡・スワップ・オプションは為替レート変動を増幅する要因か?」名古屋市立大学経済学会『オイコノミカ』33-1,1996.9

・石田 護「為替レート決定理論と国際通貨体制‥産業界の一視点」 阪南大学・阪南論集社会科学編32-3,1997.1

・高増 明、野口 旭「国際経済学:理論と現実」ナカニシヤ出版、1997.4

・大海 宏ほか「世界マネー投機―狙われた『円』」エコノミスト、1997.6.3

・重成 侃「為替相場と金融政策」国際金融988、1997.7.1

・河野龍太郎「クリントン政権の通貨政策を読む」第一生命経済研究所、 1997.10.1

感想

今回の卒業研究は、自分としては検討する時間が少なく、満足のいく出来映えとなりませんでしたが、このテーマはもともと自分の仕事や実益とも関連して選択したものであり、また現在の日本経済の行方に大きな影響を与えるものの一つでもあり、引き続き大きな関心を持ってお新たな関連資料を読み漁って、知識を深めたいと思っています。

 

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