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世界中でもっとも長い旅 坂井 素思
ハンムラビ法典が東京の世田谷美術館で公開されている。今世紀の初めにフランス人によって西アジアで発掘されてから、ルーブル美術館に収蔵され、それ以後海外持ち出しが許されたのは今回が初めてである。おそらく展示したいという希望は、これまで世界中の国から何度となくあったであろうから、この法典が日本という極東の島国へ初めて「旅」したことは歴史上画期的な出来事であったといってよいだろう。それにしても、なぜ人類はハンムラビ法典にこれほど執着し、そして旅をさせたがるのであろうか。 じつは、ハンムラビ法典の旅は、今回が初めてではない。紀元前1760年代に制作された後、隣国の侵略に会い、バビロニアからスーサヘ持ち去られた。このときすでに、この法典には略奪されるほどの価値のあることが、隣国の人びとに判っていたということではないだろうか。そしてのちには人類全体にとっても、共通財産として認められたということではないか。けれども、石碑としての法典は王権の衰退と共に失われていき、最期には砂の中に埋もれてしまったのであるが、書かれた内容はわたしたちのなかに累々と受け継がれてきた。これは時間・空間を超えた「旅」と呼んでよいのではないか。 なぜハンムラビ法典がこれほど空前のグローバルな旅を、今日まで続けることになったのか。その理由は、三つあるように思われる。まず第一に、ハンムラビ法典を旅に強く押し出したのは、「文字」の発明であった。楔形文字が標準化され形式が整えられて、他国でもそれが利用可能になったという事情が効いた。人間の根本的な技術革新がここでまず作用した。第二に、この法典を遠くへ連れ出したのは、「権力」であった。王権の維持にこのような判例集を編纂する必要があった。後に、グーテンベルク印刷術が近代というシステムを準備したように、法典は古代において社会秩序を準備したのである。第三に、決定的であったのは、この法典が「世界最古」のいくつかの判例集のひとつであり、こののち人類共通の財産となった「法の支配」という社会の根本原理を提供した点である。この点では、最古であるから価値があるのではなく、今日でも世界中の人びとに影響力を持っているから重要なのである。「目には目を、歯には歯を」などの有名な規則として、あるいはこの因果応報を緩和させる規則として、今日でも人びとの心の中を深々と旅してまわっている点で価値がある。 もし塑像や装飾品のような美術品としてのみ認められたならば、この法典はそれほどもてはやされることはなかった。石碑としての旅は、おそらく略奪された時点で終わったのである。ところがじつはその後にこそ、ハンムラビ法典は世界でもっとも長い旅を続けたのである。今日、わたしたちの法習慣のなかへまで、見えざる形で深く歩んできているのである。いわば「観念への旅」と呼んでよいだろう。はじめは、粘土板などに書写されコピーが作られ、のちに各国の法律書のなかに影響を残し、最終的には人びとの生活のなかを「旅」することになったのである。いまだかつて、人類の発明したもののなかで、これほど気の遠くなるような距離の長い、そして時間をかけた「旅」を行なったものはあっただろうか。(UA神奈川学習センターあきだより 2000 10.1号掲載)
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